学校法人
認定こども園 聖愛幼稚園

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Last Update: 18/01/09

赤鬼からの手紙・・・1978年から1981年までのたった3年間、甲府の中心地に児童書専門店『赤鬼』と いう小さな本屋さんがありました。当時は希少な絵本中心の児童書専門ということで、地元山梨のみならず 全国にファンが広がっていた素敵な本屋さんでした。その後、一男二女の母となった赤鬼は子育ての大事業を 志し、後に東京都練馬区教育委員会の教育委員を務める等、常に母親の立場から目覚ましい活躍をしてきました。 今も文部科学省委託事業『新教育システム開発プログラム』作成に参画して日本国中を東奔西走しています。 赤鬼と小学校以来の幼馴染の私は、3年ほど前から故郷山梨の子どもたちのために絵本の紹介を 書いてくれるようお願いしてきました。やっとこの2007年5月から毎月お手紙をもらえることになりました。 赤鬼おススメの絵本は、聖愛幼稚園の子育て支援センター『あんぱんくらぶ』の本棚でいつでもご覧いただけます。 なんたって『赤鬼からの手紙』です。どうぞ、お楽しみに。(園長 鈴木)




赤鬼からの手紙(2018年2月号)



『おにはうち ふくはそと』

西本鶏介 文
村上 豊 絵

ひらさかチャイルド


   今年の寒さは、数十年ぶりといわれるほどの厳しさです。都内もここ数年もないような雪に見舞われ、交通マヒをはじめ、雪に弱い都会の脆さを見せつけました。雪深い地方の雪もいつにもまして降り積もり、雪慣れしている人々にとっても、余談の許さないような日々が続いています。まだまだこの寒さは続きそうですが、2月のこの季節…あの鬼たちはどうしているでしょうか。気がかりな鬼たちの様子をのぞいてみましょう。

むかしむかし、あるところに おひゃくしょうのおとこと、そのおかみさんがすんでいた。
とてもびんぼうで、せつぶんのひがきても、まめまきのまめもないありさま。きんじょでは「おには そと、 ふくは うち」とにぎやかにはじまった。
「うちでも まめまきをしたいのう。しかたがない。こえだけで まめまきをしよう。」
おとこは、からっぽの ますをかかえて、くやしいやら、はずかしいやら、なかなか こえがでてこない。おかみさんに「さあ はやく」といわれて、おとこは こえを はりあげた。
「おには うち、ふくは そと。おには うち、ふくは そと。」
(あれえ、なんだか おかしいぞ)
さあ、よろこんだのは まめをなげられて、にげまわっていた あかおにと あおおに。
「しめた。かくれるところが みつかったぞ。」おにたちは おとこのいえに とびこんだ。
「いやあ、たすかった。どこの いえでも おいはらわれて…こんや ここにとめてくれ。」
「と、と、とんでもない。」と、おとこはあわてて くびをふった。「おにさまを ねかせるふとんもない、こめもない。」すると、あかおにが にやりとわらった。
「そんなら、このふんどしをやるから、こめと とりかえてこい」あかおには、とらのかわのふんどしをはずして おかみさんにわたした。こめやは ふしぎそうに さわっていたが こめいっしょうと とりかえてくれた。あおおにのふんどしももっていくと「ふたつもそろったなんてありがたい」と すっかりよろこんだこめやは うまにつめるだけの こめだわらに とりかえてくれた。おかみさんは さけや さかなや やさいも よういして おにたちにごちそうした。おにたちはおおよろこびで「こんやは さかもりだ。お前たちものめ。」おとこも おかみさんもたのしくて いっしょになっておどった。
 つぎのひ せつぶんのぎょうじもすっかりおわって、すっかりしずかになった。
さてさて、おにたちは どうしたでしょう・・・

   「おにはうち ふくはそと」 今年の鬼の絵本の題名は、あれっ?て思いましたか? 西本鶏介さんは、創作もたくさんありますが、民話や昔話の研究者でもあります。この絵本もそんな中から生まれたものです。
「豆まきは節分の大切な行事です。冬と春の季節の分かれ目の頃は、天気も変わりやすく、そのために病気になることが多いと信じられてきました。そこで病気や災害を追いはらう行事として豆まきが始まりました。豆には鬼のような魔物をやっつけるおまじないの力があり、この豆で鬼を追い出し、幸せの神様がきてくれるように『福は内、鬼は外』というのです。」と西本さんは解説しています。節分ってなんだろう、その言われもわからないまま、豆まきをしていた方もおられるかもしれませんね、こうやって説明すると、子供たちにとっても豆まきの行事がよりわかりやすく、身近にも感じられることでしょう。

   さてさてところが、この絵本の男の家は貧乏で豆もない、そこで声だけで豆まきをしよう、というのです。今風に言えば"エア豆まき"とでも言うのでしょうか。ちょっと楽しくなってきますが、ここで男は大きな言い間違いをしてしまいます。「鬼は内、福は外」これが聞こえてきたら、にげまわっていた鬼たちはほっとしたことでしょうねえ。それにても、鬼のふんどしがこんなに役に立つものとは…初耳でした。脱いだ後はどうしちゃったんでしょう、ここは子供たちが一番興味がわくところ、私も同様でした。ふんどしがないままでずっといたのかなあ…なんてね。村上豊さんのあたたかい絵は、そんな楽しげな鬼たちの様子もユーモラスにこっそりと描いてくれています。村上さんも数多くの絵本を出されています。どれもこれも、登場するすべての者たちへの敬意に溢れていて、ページをめくるたびにいつも心をほっこりさせてくれます。この絵本では、特に鬼たちへの思いがこもっています。

   最後に西本さんは原話にはないお話を入れたと語っています。「おにだって いっけんぐらいは しあわせにできるちからがあるぞ。いくら ふくのかみでも にほんじゅうのいえを しあわせにするのはむりじゃ」鬼たちの心根の優しさが伝わってきます。

   「赤鬼」に出会ってから、私のそばには、いつもこんな鬼たちがいてくれています。そして、この2月にはひょっこり、ちゃんと顔を見せてくれます。 だから毎年、我が家は「鬼は内〜、福も内〜」

(赤鬼こと山ア祐美子)

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赤鬼からの手紙(2018年1月号)



『どろんこハリー』

ジーン・ジオン 文
マーガレット・ブロイ・グレアム 絵
わたなべ しげお 訳
福音館書店

   あけましておめでとうございます。2018年、平成30年に当たる今年は戌年が巡ってきました。「戌」は「滅びる」を意味する「滅」、草木が枯れる状態を表しているという見方もあるそうですが、実は「まもる」、「植物が育ち、花が咲き、実をつけて食べごろが過ぎると、実を落として、本体の木だけは守る」という意味があるのだそうです。「滅び」のあとには新たな命が生まれ、その命を「守る」という気持ちがします。

   でも、子供たちには厳しい寒さの中でもぴょんぴょん駆け回る「犬」の方がいいですよね。ここにも元気な犬が飛び出してきました。あれあれ・・・なんだか困った顔をしています、どうしたのでしょうか

 ハリーは、くろいぶちのある しろいいぬです。おふろにはいるのだけはだいきらい。 あるひ、おゆをいれるおとがきこえると、ブラシをくわえて にげだして・・・うらにわにうめました。それから、そとへぬけだすと どうろこうじをしているところであそんで どろだらけになったり、せんろのはしのうえで すすだらけになったり、ほかのいぬたちとあそんで、もっとよごれてしまったり、せきたんとらっくのすべりだいでまっくろになって、とうとう、ハリーはしろいぶちのある くろいいぬになってしまいました。
すっかりくだびれて、おなかもすいてしまったので、ハリーは はしってうちへかえりました。うちのうらぐちをみていると、だれかがのぞいていいました。
「うらにわに へんないぬがいるよ。うちのハリーは、いったいどこへいったのかしら?」
「ぼくが ハリーなんだよ」
ハリーは さかだちしたり、しんだまねしたり、ダンスやうたもやりました。なんどもなんどもこんなげいとうをやってみせたのに みんなは くびをふっていいました。
「なんだか、ハリーみたいだけど、これはハリーじゃないよ」
ハリーは にわにうめたブラシをみつけてくわえると、おふろにとびこみました。せっけんだらけになったハリー、まほうみたいによごれがおちます。
「ハリーだ!ハリーだ!」
ハリーは、もとのように、くろいぶちのある しろいいぬになりました。
さて、そのあと、ハリーはどうなったとおもいますか?


   犬といったらこの絵本「どろんこハリー」。 1964年3月に出されました。50数年前に出された絵本ですが、何度も何度も新たに出されています。これだけ長い間親しまれているのは、主人公のハリーが巻き起こすことが子どもたちもついついやってしまいそうなことだったり、思わずやってみたくなることだったり…なんと言ってもハリーが泥だらけになったりするところが子どもたちは大好きです。そして、お母さんたちにとっては「うちの子もお風呂が嫌いで、困っています…」と、ハリーが自分でお風呂に入るところにも支持を受けているようです。きらびやかな色使いのない、シンプルな黒と白の絵はハリーのぶちの姿をより際立たせながら、ハリーの表情まで細やかに表現しています。

   この絵本のもう一つの魅力は、体が汚れてしまったハリーが別の自分に見えてしまって、家族にわかってもらえない哀しさを味わいます。どうしたらわかってもらえるかを考えて、あんなに嫌いなはずのお風呂に飛び込む決心をすることです。ハリーは思い切り遊んだり、冒険したり、いろんなことを体験しながら、やっと帰ってきます。そして、そのあとには
”じぶんのうちって なんて いいんでしょう。ほんとに すてきな きもちです。”と絵本の中で語っています。どんなことがあっても、迎えてくれる自分の場所の安心感がひしひしと伝わってきます。ハリーのほっとした表情が本当にすてきです。

   賢治童話は挿絵だけのものが多かったですが、絵本になった作品もだんだん増えてきました。この絵本は2009年10月16日に出版されています。月のきれいな秋の絵本として選びました。竹内通雅さんの絵の力強さが、賢治さんの描く世界をよりリアルに伝えてくれているように感じます。目もくらむような月の輝きが画面から目に飛びこんできます。賢治さんの描く電信柱の絵も味わいのあるものですが、この絵ならきっと賢治さんも納得なさっているのではないでしょうか。

   今、世界中には居場所のない子どもたちがたくさんいます。 どうか、そんな子供たちにも、迎えてくれる暖かな場所が増えることを願っています。 そして、いつも私たちを迎えてくれる場所がいろんなところにあることに感謝して、今年もよい1年でありますように!

(赤鬼こと山ア祐美子)

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赤鬼からの手紙(2017年12月号)



『ちいさなもみのき』

マーガレット・ワイズ・ブラウン さく
バーバラ・クーニー     え
かみじょう ゆみこ    やく

福音館書店


   急に寒さが増してきました。今年は秋を楽しむ間もなく一気に冬本番を迎えそうです。富士山もすっかり綿帽子をかぶって、ひんやりとした空気を切るように気高くそびえています。そんな姿を見るとなんだか勇気が湧いてきます。私たち日本人は四季折々に出会う豊かな自然に気持ちが揺さぶられることがよくあります。春の桜には心躍り、夏のひまわりには活力をもらい、秋の紅葉にはうつろいゆく姿を思い、そして冬の雪山には力強さ感じます。

   我が子のために、小さなもみの木に思いをたくしたお父さんのお話をお届けします。

もりのはずれの、大きな木々から少しはなれたところに、ちいなさもみのきがたっていました。もみのきが、まだひとつぶのたねだったとき、風に吹かれてのはらにおちたのです。はる、なつ、あき、と過ぎて、七かいめのふゆがきました。もみのきは、くらいもりのおおきなもみのきをいつも見ていました。ひろいのはらで、たったひとりでいるのがさみしくて、みんなといっしょにいたいなと、いつもおもっていました。
あるひ、おとこのひとがちいさなもみの木のところへやって来ました。

 ちいさすぎもせず おおきすぎもせず
 かたすぎもせず やわらかすぎもせず
 きれいな みどりの ちいさなもみのき
 わたしのむすこに ぴったりだ
 つよく いっしょに のびていくんだ

おとこのひとは じめんをほって ちいなさもみのきを あさぶくろでつつみました。
「おまえは みんなといっしょに おいわいをするんだ。そして、はるがきたら、また おまえをうえてやるからな。ここまでこられない、わたしのむすこといっしょに、おおきくなっておくれ。あのこがげんきになるように ちからになっておくれ。」
おとこのこは あしがわるかったのです。もみのきは、おとこのこのベッドのあしもとの、おおきなたるにうえらえました。そして、クリスマス・ツリーになりました。そのよる、こどもたちがやってきて、おとこのこがつくったうたを、ふるいキャロルにあわせて、うたいました。

 おークリスマスツリー おークリスマスツリー みどりのきよ とわに
 よろこびのよるに ほしひとつひかり みどりご うまれん
 おークリスマスツリー おークリスマスツリー

はるになると おとうさんはもみのきをかたにかつぎ のはらにはこんでいきました。もみのきは、ぐんぐんおおきくなりました。そして、そんなことが何度かつづき、また別のふゆがめぐってきました。ゆきがつもり、クリスマスの日になっていましたが、おとこのひとは やってきません。ちいさなもみのきは ひとりぼっちでたっていました。
いったいどうしたというのでしょうか。


   「世界一のクリスマスツリー 神戸に出現」のNEWSが目にとまりました。〜神戸開港150年記念 めざせ!世界一のクリスマスツリープロジェクト〜というものだそうです。有名なニューヨーク・ロックフェラーセンターのクリスマスツリーよりも大きな、世界一の生木のクリスマスツリーを運び、神戸のメリケンパークに立てるという計画なのだそうです。富山県氷見市で見つけた"あすなろの木"が日本海から1000qの長い道のりを経て運ばれたとのことでした。"もみの木"ではないのだな…と思いながらTV画面を見つめました。そのとき、ふとこの「ちいさなもみのき」の絵本のことが頭に浮かび、TV画面を見ながら今年はこの絵本をお届けしようと決めました。

   日本の家庭でも、クリスマスに生木のもみの木を飾ることが増えてきたようですが、欧米などでは生木を飾ることが習わしのようです。この季節の海外ニュースなどでは、父親がもみの木を肩に担ぐ場面によくでくわします。なぜクリスマスツリーにはもみの木が使われるようになったのかは、様々な説があるようですが、旧約聖書のアダムのイヴにまつわる"知恵の木"としてりんごを飾るというお話や、葉の落ちない常緑樹あり、厳しい冬に失われない豊かな緑が"生命の樹"ということ、またドイツなどでは、もみの木には小人が宿っていて、食べ物やいろんなものを飾ることで小人から力を与えられるという説もあるそうです。こんなお話を耳にすると、もみの木に特別な思いがあることが伝わります。

   この絵本のお父さんも、その”生命の樹”のもみの木に思いを託したのでしょう。息子の豊かな成長と健康を願いつつ雪道を分け入って、父はこの小さなもみの木に出会います。そしてちいさなもみのきは確かに男の子に力を与えることが出来ました。絵本の中にあるキャロルがとても絵本を豊かにしてくれています。翻訳をされた上条由美子さんは山梨県の方です。きっと、山梨の森の緑も思い出されていたかもしれません。絵本の中では男の子が作ったというキャロルの言葉も、神様の愛に包まれた自然の豊かさを伝えています。

   今年のクリスマスは、絵本のこんなキャロルをうたってみませんか?

  きてよ めうしよ なやのなか おちちをあげて みどりごに
  きてよ ちいさな ふくろうよ みこはなやにて まもられん
  きてよ くろいこひつじよ みなゆるされん このよきひ
  きてよ ののとり はとたちよ みんなきたりて みこを あいさん

  ”Joy to the World! Happy Merry Christmas to You !”

(赤鬼こと山ア祐美子)


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