学校法人
認定こども園 聖愛幼稚園

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Last Update: 17/08/04

赤鬼からの手紙・・・1978年から1981年までのたった3年間、甲府の中心地に児童書専門店『赤鬼』と いう小さな本屋さんがありました。当時は希少な絵本中心の児童書専門ということで、地元山梨のみならず 全国にファンが広がっていた素敵な本屋さんでした。その後、一男二女の母となった赤鬼は子育ての大事業を 志し、後に東京都練馬区教育委員会の教育委員を務める等、常に母親の立場から目覚ましい活躍をしてきました。 今も文部科学省委託事業『新教育システム開発プログラム』作成に参画して日本国中を東奔西走しています。 赤鬼と小学校以来の幼馴染の私は、3年ほど前から故郷山梨の子どもたちのために絵本の紹介を 書いてくれるようお願いしてきました。やっとこの2007年5月から毎月お手紙をもらえることになりました。 赤鬼おススメの絵本は、聖愛幼稚園の子育て支援センター『あんぱんくらぶ』の本棚でいつでもご覧いただけます。 なんたって『赤鬼からの手紙』です。どうぞ、お楽しみに。(園長 鈴木)




赤鬼からの手紙(2017年8月号)



『からだのみなさん』

五 味 太 郎

福音館書店

   入道雲は、まるで生きているように空高くもくもくと立ち上がっています。ひまわりは笑顔を絶やさず、丘一面に咲き誇っています。あたりはすっかり真夏一色の景色が輝いて、目にも眩しくなってきました。生き物たちがよりいっそう生き生きとするこの季節は、子どもたちの心も体もぐーんと大きくなりますね。夏休み明けに、びっくりするくらい変わっているお友達がいるかもしれません。私たちの身体は、いつどこでどんな風に変化していくのでしょうか…じっくりと、体たちの声に耳を傾けてみませんか?

(おや?これなんだ?!)
      と とつぜん ゆびがいいます。
(あっ これ このまえもらった アメだ!)
      と あたまが おもいだして いいます。
(ずいぶんよごれている・・・ ほこりなんかもついてるし・・・)
      と めが しらべて いいます。
(それに すこしとけてる。もう ダメだね これ)
      と ゆびさきが たしかめて いいます。
(いや いや ダメじゃない。まだ たべられるぞ これ)
      と くちが あわてて いいます。
(ほうらね いける いける じょううぶん いける!)
      と したが うれしそうに いいます。

ズボンのポケットにあったのはアメだけど、なんだか汚れていそう・・・でも、食べちゃった・・・なんだかおいしいよ・・・考えたのは頭じゃなくて、指や口や舌。それにしても、あついね!・・・体中のいろんなところが、いろいろかんがえて・・・シャツもズボンも、パンツもぬいで、とうとう男の子は、はだかんぼうになっちゃった!

   五味太郎ワールド満載の絵本です。大人たちは、行動する前にちゃんと考えなさいっていうかもしれないけれど…子供たちの頭の中と体は一緒に動いてしまうこともたくさんあります。そんなときは、きっとこんなことが起きているのかもしれません。 「からだのみなさん」というタイトルは、体中の一つ一つの部分が独立して、人格を持っているように思えてきます。体のいろんな部分が勝手に考えて、勝手に言葉にしていく様子を、五味太郎タッチが鮮やかに軽やかに描いています。ページをめくっていくと、まるでTwitterの"つぶやき"ように見えてきませんか?この絵本が出版されたころは、Twitterそのものもなかったのに、この頃は子どもたちの間でも毎日見ない日はありません。五味さんは、あのスティーブ・ジョブズのように先見の目もあるのだなあって思ってしまいます。

   五味さんの描く絵本には、必ず”発見”があります。この"発見"ということが、子どもたちに届けたい一番の真骨頂ではないかと私は思っています。一つのものも多くの見方を持つことで、新しい発見につながり、生活に豊かさが生まれてきます。これは、子どもの世界だけでなく大人の世界にも通じることです。そして、日本だけでなく海外の人々にも伝わります。

   先日、”ベトナムで日本の絵本を翻訳”という新聞記事に目が留まりました。

―「漫画」と「絵本」を同じ言葉で表現するベトナム。
「日本では、絵本は子供の栄養となる特別なもの。ベトナムにも根付かせたい。日本の絵本は世界観や人生観を作品全体で伝える。説教調が多いベトナムの絵本との違いに感動しました。将来はベトナム人絵本作家も育成したい。」―

そう語る写真の女性の手には「からだのみなさん」の絵本が抱えらえていました。彼女の語る言葉の中に、日本の作家たちの描く絵本の本質が届いているのだなと感じて、誇らしいような気持ちになりました。今や、世界中、を駆け巡る五味太郎ワールドはきっと、ベトナムと日本の子どもたちを豊かに結んでくれることでしょう。 

(赤鬼こと山ア祐美子)

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赤鬼からの手紙(2017年7月号)



『たなばた』

君島久子 再話
初島 滋 画
福音館書店

   今年も梅雨明けの一番乗りは沖縄県、もうすっかり海水浴が似合う海辺になっています。 細長い国の日本は、まだまだ雨模様とにらめっこするところもたくさんありますね。 恵みの雨は生き物たちにとって、とても有難いものですが、多すぎる雨はともすると、災害をもたらすこともあります。 台風などもやってきますから、日頃の心構えも必要な季節ですね。 そんな中でも、雨に洗われて、きれいな空気になった空には、いつにもまして星々が輝くときがあります。 その一瞬に出会うと、思わず願い事をしてしまいたくなってしまいます。 ”流れ星に願いをかける”というのは、よく言われることですが、7月には、最も大事な星の行事があります、今年の「たなばた」はどんな風にお迎えしましょうか・・・

 昔、天の川の東には7人の機織りの天女が、美しい雲を織っていました。中でも、末娘が一番上手でした。西側の人間の世界では、一人の牛飼いが年取った牛と暮らしていました。ある日、牛飼いは牛の言われるままに、天の川に水浴びに来た天女の織姫の着物を隠してしまいました。着物を隠された織姫は、ほかの天女たちの様に鳥になって飛ぶことが出来ず、牛飼いに「どうか 私の妻になってください、そうすれば着物をお返しします」と頼まれると、とうとうそのまま牛飼いの妻になりました。
 やがて、二人の間には男の子と女の子が生まれ、仲良く暮らしていました。ところが、それが天の王母に知られてしまい、怒った王母は織姫を天へ連れ戻してしまいました。牛飼いはたいそう悲しみ、二人の子をかごに入れて担ぐと、天まで追いかけようとしました。ところが、天の川のところまで来ると、天の川は高い空の彼方でまたたいていました。牛飼いが追い付けないように、王母が引き上げてしまったのです。がっかりして戻った親子に、年取った牛は、「わたしが死んだら、皮をはいで着物を作りなさい、それを着れば天まで昇っていけます」そう言い終わると、そのまま倒れて死んでしいました。牛飼いは、言われたとおりに牛の皮を着て、二人の子どもと一緒に空高く登っていきました。またたいた星たちのあいだをぬって、天の川まで来た時、またしても王母は、自分のかんざしを抜いて、天の川に線を引いてしまいました。天の川はごうごうと波の逆巻く川に変わってしまったのです。3人は抱き合って泣きました。もうどうすることもできません。でも、ふたりの子は、ちょうど持ってきた柄杓で、夜も昼も休まずに川の水を汲み続けました。
 さて、そんな様子を見ていた王母は、どう思ったでしょうか・・・

   たなばたの絵本は、紹介するのも大変なくらいにたくさんあります。皆さんもきっと、何かの絵本を目にしていらっしゃることでしょう。その中で、この「たなばた」は、1963年7月1日、「こどものとも」として発刊されました。初山滋さんは、武井武雄さんたちと共に日本童画家協会を設立して、子どもたちによい絵を届ける、という運動の先頭になって活動されました。その画風は、時代にとらわれない自由な発想で描かれ、美しくやわらかな色彩は、ほかに類のない独自の世界を創作されました。「たなばた」でも、その技法は、縦横無尽に発揮されて、星の世界や夫婦、親子の心情にまで映し出されています。

   お話としては、中国文学研究科の君島久子さんによる再話の形で表現されました。京劇などで上演される「天河記」の内容に準じたものとなっています。子どもたちにとっては、少しわかりにくいところもあるのかもしれませんが、昔話としての不思議さや、昔話が故の理不尽さ、その中に流れる人々の気持ちや心情をくみ取るのも、自然な流れのように思います。お話としては、美しい映像が浮かぶ内容です。

   あたりに笹の葉を探すのも、困難な環境になってきましたが、年に1度の星まつりは、短冊に願いを書いて、牽牛と織姫をしのびたいと思います。

(赤鬼こと山ア祐美子)

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赤鬼からの手紙(2017年6月号)



『さっちゃんのまほうのて』

たばたせいいち
先天性四肢障害児父母の会
のべあきこ
しざわさよこ

偕成社


   南の方では、もう梅雨入りしたようです。日本の四季には、植物の恵みをもたらすための業もちゃんと用意されています。この間に、植物たちは、より一層緑が濃くなり、生き生きとしてきます。そんな大事な雨ですが、この梅雨の時期の雨は、ともすると大雨になることもあり、過去には大きな被害をもたらした雨もありました。でも、子どもたちは、雨でも外に出ていきます。お気に入りの傘をさして、長靴をはいて、こんな日にしかできない遊びを探します。みんなが傘をさして外に飛び出していくのに、一人だけ窓から外を見つめたままの女の子がいます、いったいどうしたのでしょうか。

さっちゃんは きょう、どうしても おかあさんに なりたかったのです。
ようちえんのすみれぐみでは、ままごとあそびが とてもさかんです。あばれんぼうのあきらくんまでもが、おとうさんやくでだいかつやくしています。さっちゃんのおかあさんのおなかには、あかちゃんがいてもうすぐうまれそう、だから「さっちゃんも おかあさんに なろっと!」とひとりできめたのです。でも、おかあさんになるのは、いつもせのたかいみよちゃんか まりちゃん。さっちゃんも ながいスカートをはいてみたいのです。
「あたしだって、おかあさん やりたいもん」さっちゃんは いいました。
「さっちゃんは おかあさんには なれないよ!だって、てのないおかあさんなんて へんだもん」 まりちゃんが まっかなかおをしていいました。
「あたしだって、おかあさんになれるよ!」さっちゃんは、エプロンをにぎりしめたまま、まりちゃんにとびかかりました。さっちゃんは、エプロンをなげつけて ようちえんをとびだしました。「みんな みんな だいっきらい! だいっきらい!」

 「まあ、さっちゃん どうしたの!」おかあさんが びっくりして ききました。さっちゃんは ハーハーあらいいきをして たっています。「おかあさん さちこのては どうして みんなとちがうの?どうして みんなみたいに ゆびがないの?どうしてなの?」
さっちゃんの みぎてには いつつのゆびがないのです。
おかあさんは、もうむねがいっぱいになって、さっちゃんを ぎゅっと だきしめました。
「・・・さちこは おかあさんの おなかのなかで けがをしてしまって、ゆびだけ どうしても できなかったの。・・・」
「しょうがくせいになったら みんなみたいに はえてくる?」
そのよる ふとんのなかで さっちゃんは いつまでも ねむれませんでした。
つぎのひ、さっちゃんは ようちえんを やすみました。
さっちゃんは どうなったのでしょうか・・・


   童話作家である田畑精一さんと「先天性四肢障害児父母の会」、野辺明子さん、志沢小夜子さんの共同制作として描かれた作品です。障がいをもって生まれた子どもを持つ親たちの想いと見守るまわりの方々の想いが織りなされてできた作品です。「父母の会」は1975年8月に発足、”いのちの重さに差をつけず、互いにありのままの姿を認め合える社会を目指し、「みんなちがっていいよ」というメッセージを発し続けている”とあります。全国各地に支部があり、勉強会・シンポジウム・この絵本の原画展、子どもたちとのキャンプなど様々な活動をしています。

   昨年、2016年7月に「津久井やまゆり園」で19名の大事な命が、たった一人の青年の暴挙によって奪われる、という痛ましい事件がありました。容疑者の青年は「障がい者はいないほうがいい」との考えで、特に重度の人を選んで殺傷したとの報道でした。どうして、こういう考えの青年が存在してきたのか、その背景を考えずにはおられません。社会全体の問題、私たち自身の問題として考えていかねばならないと思わされました。

   児童書専門店「赤鬼」には、障がいをもった1人の少年のお客様がいました。「たくじくん」といいました。彼は、店に来ると棚から全部本を出して、本の山になった中から大好きな長新太さんの挿絵、灰谷健次郎さんの「マコチン」を見つけては笑顔で胸に抱えていました。言葉を持たない彼は、小指を唇に当て、人差し指で鬼の角を作って見せて、「赤鬼」に行きたいとお父さんにせがんでいたと聞きました。5歳までしか生きられないと言われた彼は、40歳まで生き抜きました。ご両親をはじめ、まわりの方々の愛情と見守りがあったに違いありません。「赤鬼」もその一助になれたかと思うと、今も彼のくるくるした目の笑顔が思い出されます。

(赤鬼こと山ア祐美子)


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