雨のにおいが心地よい日々になっていますね。あたりの緑もかがやいて見えてきます。花々も背伸びをして、雨水を浴びている様な気がしませんか?多すぎる雨は、災害をもたらすこともありますが、自然界にとってはだいじな雨の季節です。からからに乾いた大地では、生き物を育てることはできません。私たち人間にとっても大事な水は、自然界全体で分け合って、様々なものをはぐくむために大切に使いましょう。
そのむかし、剣をたずさえた とてもけだかいクマの兵士がおりました。
「おれさまの剣で きれないものはない!」
なんでもかんでもザクザクきりきざんでばかりいました。
ある日、森じゅうの木という木を ぜんぶきりたおしてしまいました。
クマの兵士のすむちいさな砦に、とつぜん水がいきおいよくながれてきて、砦がこわされてしまいました。「オレさまの砦をこわしたやつを まっぷたつにきってやる!」
「見つけたぞ!おまえたちだな、オレさまの砦をこわした水は、このダムからあふれてきたんだから」ダムの門ばんたちにいいました。
「ぼくらが わるいんじゃない、せめるなら、バビルサのやつにしてくれよ、あいつがとつぜん とっしんしてきたものだから ぼくらは びっくりして 水門をしめわすれままにげだしちゃったんだよ」
「よし、わかった。バビルサのやつ、まっぷたつにきってやる!」とクマの兵士はいいました。「ちがいます。わたしはなにも こわしていません。せめるんだったら、キツネのやつにしてください。とつぜんから、矢が おしりにささって、まあ、そういうわけです。」
「よし わかった。キツネをみつけて まっぷたつに きってやる!」クマの兵士はいいました。キツネは 家のまえに すわっていました。クマの兵士は剣をてにとりました。「まっぷたつに きってやる!」「こんらん しないで」とキツネはいいました。
「わたしのせいじゃなよ。わるいのはトリたちだ。あんたの砦がこわれて なくなったのは、トリたちのせいだよ」
「よし わかった。トリたちのところへいって、やつらをまっぷたつにきってやる!」とクマの兵士はいいました。
「ちがいます。きみの砦をこわしたのは ぼくらじゃないよ」トリがいいました。
「いいや、おまえたちのせいだ。じぶんのくだものを おもえたちにたべつくされそうになった キツネが矢をはなち、その矢がささって あわててとっしんしてきたバビルサにおどろいた門ばんたちが 水門をしめわすれて にげちゃったせいで 水があふれて、オレさまの砦が こわれちゃったんだからな」とクマの兵士はいいました。
「でもぼくらのせいじゃない。森にある ぼくらの家の木が、とつぜんどさっ!と ぜんぶたおれちゃったからだよ。きみがさがしだすのは 森の木々をきりたおした どこかのだれかだよ!」とトリたちがいいました。「よし わかった。そいつをみつけて まっぷたつにきってやる!」と、クマの兵士はいいました。
ところが、あたりの木々を見て、じぶんがザクザクと きりきざんだ森だったことにきがつきました。クマの兵士は、ほかでもなく じぶんじしんを まっぷたつに するしかないことにきがつきました。
クマの兵士は、門ばんにじぶんの盾をわたし、バビルサの矢を抜き、キツネにくだものを、もっていきました。木をきりたおしてしまった森に、あたらしい木のかぶをうえました。そして、たおしてしまった木を 剣でじょうずにきり、家をたてました。そのおおきな家には、トリたちが 巣を作れるように、たくさんのあなが あけられていました。
テルマエロマエで一躍世に知られるようになった漫画家ヤマザキマリさん初のイタリア語翻訳絵本です。NHK教育TV「100分で名著」でも紹介されました。マリさんご自身が番組に出演され絵本についても熱く語られました。絵本の巻末には、「クマの兵士の勇気に触れて」と題したあとがきがあります。少し引用します〜「わたしたちは思い通りにならないことを受け入れるのが不得意です。生き方も、人減関係も、世界の情勢も、自分の思い通りにならないものは全て不満の原因となり、そしてその不満の原因を何かのせいにしないときがすみません。…自分の不快にさせた"誰か"を懲らしめるつもりでいたクマの兵士は、やがて問題の起因は自分自身にあったことを自覚し、罪の償いを経て、平和と安寧に行き着くのです…」〜ヤマザキさんは、自我や名誉という驕りを捨てるクマの勇気と語っています。絵本の中で、クマの兵士の表情が微妙に変化していく描写が素晴らしい。誇り高く猛々しい兵士が、剣を捨て小鳥を胸に抱くその姿は平和そのものです。ほかのページでは、クマの兵士は全身ほぼ中心に全身で描かれていますが,最後には、クマはまるで隠れるかのように小鳥たちを見守っています。この場ではかなり省略していますので、ぜひ手に取ってヤマザキさんの訳された言葉をかみしめいただければと思います。
そして、どうか、世界中にこのクマの勇気があればと、思わずにはいられません。
(赤鬼こと山ア祐美子)
戻る
あたりの山々の緑もぐんと深くなって、もくもくと力強さを感じます。カラカラに乾いていた田んぼにも水が張られ、田植え作業も終わりましたね。毎晩続く蛙たちの合唱も一段と賑やかさをましています。嫁探しの蛙たちが頑張っているんだなって、なんだかウキウキしてきます。南の方では、すでに梅雨入りと聞きました。日々空模様も変化するこの頃です。
入園式から2か月がたちました。今の子どもたちの気持はどんなでしょう・・・子どもたちの気持も日々変化しいるのではないでしょうか。新たな環境にだんだん慣れてきた子、まだまだ慣れずに飛び出していけない子、いろんな気持ちになっているのかもしれません。
こんなモンスターがいるんですって・・・ちょっと話を聞いてみましょう。
このこは カラーモンスター
きょうの モンスターの きもちは とても ふくざつ
しかも じぶんが なぜ ふくざつなのか わかっていません
そこへやってきたおんなのこ
いまの あなた ぐちゃぐちゃよ!
いろいろな きもちが ごちゃごちゃに なっているわ
だから いろまで ぐちゃぐちゃなのね
この いれものに きもちを わけてみるのは どう?
これは うれしい きもち
おほしさまや おひさまのように かがやいているわ
・・・・・・・
これは かなしい きもち
あめのひの どんよりしていて くらい きぶん
・・・・・・・
これは もえる ほのおのような
いかりの きもち もえあがったら なかなか けせない
・・・・・・・
これは ふあんで こわい きもち
・・・・・・・
これは おだやかな きもち
・・・・・・・
さあ いろいろな きもちが いれものに はいったわね
きいろ うれしい
あお かなしい
あか いかり
くろ ふあん
みどり おだやか
ちょっとまって!
もうひとつ たいせつな なにかを わすれている きがする
あれ? なんだっけ このきもち?
本屋さんの店先で見つけました。一気に好きになりました。
ここでは、かなりまとめて紹介していますので、ぜひ手に取って、それぞれの色の表現を感じてほしいと思います。
作者の大友剛さんは、いろんな顔を持っています。ミュージシャン、マジシャン、翻訳家。
音楽、マジック、絵本を組み合わせた独自のコンサート活動も行っているそうです。
私も我が子の学園選びの際に訪ねたことがありますが、「全ての生徒が人間らしい人間として成長を促すことを目指す教育」という理念を妨げるという考えのため、定期テストなどは、基本的に実施しないという、独特な教育方針を掲げる「自由の森学園」に学ばれました。卒業後はアメリカ・ネバダ州立大学に留学して音楽と教育を専攻されたそうです。
実は、なんと、南アルプス市在住!
もしかしたら、皆さんの中にもすでに大友さんに出会った方がおられるかもしれませんね。
今の私は何色?
このカラーモンスターのように、複雑に絡み合ってしまった気持ちを整理できたら、どんなにかゆるりとした気分になれることでしょう。これは、子どもも大人も同じだと思います。
お手伝いしてくれる、女の子に出会いたいなあ〜〜
あっ、そうそう、最後に女の子が言っていた「もう一つ、大切な何かを忘れているきがする
あれ?なんだっけ」これは何色?この気持ちはわかりましたか?
わかったら、教えてくださいね。
緑深い風薫る季節になりました。お弁当持って、ハイキング、遠足など自然がいっぱいの場所で過ごすには一番気持ちのいい今日この頃です。鳥のさえずりも朝早くから賑やかです。食べ物は、身体の成長には欠かせないものですが、実は身体だけでなく、脳にも大きな影響があることがわかってきたと聞きました。しかも、口からの食べ物だけではなく、自然の中で過ごす空気も肌を通して脳に栄養が届くのだそうです。さあ、外へ出かけましょう!
(赤鬼こと山ア祐美子)
戻る
緑深い風薫る季節になりました。お弁当持って、ハイキング、遠足など自然がいっぱいの場所で過ごすには一番気持ちのいい今日この頃です。鳥のさえずりも朝早くから賑やかです。食べ物は、身体の成長には欠かせないものですが、実は身体だけでなく、脳にも大きな影響があることがわかってきたと聞きました。しかも、口からの食べ物だけではなく、自然の中で過ごす空気も肌を通して脳に栄養が届くのだそうです。さあ、外へ出かけましょう!
むかし、あるところに、ひとりのうまかたが いました。あるひ、うまかたは はまで どっさり さかなをしいれて うまのせに ふりわけにつけて やまみちを のぼっていきました。ひがくれて あたりが くらくなると、やまんばが ぬうっと でてきて
「これ、まってろ。そのさかな おいてけ。」と、しわがれごえで いいました。
うまかたは こわくなって かたにのさかなを ぶんなげ にげていきました。
やまんばは さかなを ばりばり くうと、「さかなを ぜんぶ おいてけ。おかなきゃ、おまえを とって くうぞ」と おいかけてきました。うまかたは のこりのかたにも ぜんぶ ぶんなげ、うまにとびのって、にげていきました。やまんばは さかなを ばりばりくうと、また、「うまのあし、一ぽん おいてけ。おかなきゃ、おまえを くうぞ」と おいかけてきました。うまかたは うまのあしを 一ぽん ぶったぎって、うしろに なげ、三ぼんあしの うまで、がった がった がったと にげていきました。やまんばは ばりばりくうと、また、「うまのあし もう一ぽん おいてけ。」うまかたは もう一ぽん ぶったぎって うしろへ なげ 二ほんあしのうまで がった がった がったとにげていきました。やまんばは 「もう 一ぽん。」とおいかけてきたので、もうにげられないと おもった うまかたは うまをすて きのうえに のぼっていきました。やまんばは うまを まるごと くってしまうと また、おいかけてきました。
うまかたが きからおりて にげていくと 一けんやがありました。うまかたは、いそいで そこへにげこみました。うまかたが はりへのぼり ひといきついていると、やまんばが はいってきました。「ああ、きょうは うまいものを いっぱいくった。あまざけでも わかしてのむか」やまんばは いろりに ひをおこし あまざけをあたためはじめました。
やまんばが いねむりをはじめたすきに うまかたは やねのかやを 一ぽんぬいて はりのうえから あまざけを つっぱ つっぱと すいあげました。「おれのあまざけ のんだ やつは だれだ」とやまんばが さけびました。うまかたが「ひのかみ ひのかみ」とささやくと「ひのかみさんが のんだんじゃあ しかたねえ。もちでも やいて くうか」うまかたは もちも かやで さして たべてしまいました。やまんばは「しかたがねえ ねるとするか いしのからとに はいろうか きのからとに はいろうか」と、つぶやきました。うまかたの「きのからと きのからと」のささやきに、「ひのかみさんが いうんじゃあ きのからとにしよう」と、やまんばは きのからとに はいって ねました。
うまかたは はりからおりて ゆをわかし きのからとに きりで あなをあけました。
あなから ぐらぐらにたった ゆをながしこみました。 「あっつい、あっつい、たすけてくれ」とやまんばが あばれだしましたが、うまかたは「だいじな うままでくわれた かたきうちだ」と にえゆを どうどう つぎこんで とうとう、やまんばを ころしてしまいましたとさ。
こんで えんつこ もんつこ さけた。
小澤俊夫さんをご存知でしょうか。
先日、4月18日に逝去されました。小澤さんは、あの指揮者小澤征爾さんのお兄様です。
そして、ミュージシャンの小沢健二さんは、俊夫さんのご次男です。ご本人は,ドイツ文学者であり、ドイツのメルヒェンとよばれる口承伝承による昔話研究の第一人者です。
「小澤昔ばなし研究所」を設立されて、昔話についての研究を様々に発信されてこられました。日本の昔話についても同様です。
今回の「うまかたとやまんば」も小澤さんの再話による絵本です。内容はもっと細かな語りがされていますので、ぜひ手に取って読んでみてください。
絵は、昔話と言ったらこの人の赤羽末吉さんです。このお話も、講演などでも「語り口」と称して、小澤さんご自身が度々語られています。講演の言葉の引用ですが
「昔話のメッセージは、第1は子どもが成長する姿。2番目は人間と自然の関係。特に日本の昔話はそれが大事なんですね。3番目は人間の命とは何か。人間だけじゃなくて、動物の命とはなにか。〜お話って、言葉でしょ。言葉で耳にはいってくるよね。それを頭の中で絵に描くわけだよ。言葉で聞いたことを、頭の中で絵に描くこと。その変換する力。言葉から絵に変換する力を養う事。これが、子どもにお話を聞かせることの、一番大事な、第一の意味なんです。〜」
このお話しでも、馬の脚をぶった切るとか、物騒だと大人は思ってしまいがちですが、それは子どもにとっては面白いことなのだと、3本足でがったがったと走る馬、2本でも走る、という語りを、手をたたいて面白がるのが子どもです・・・子どもと大人の感受性は違うのだという事を大切にしてほしい、残酷な物語などという言葉で子どもを教育しないでほしい、と小澤さんは語ります。もちろん、相方の絵本の赤羽さんの絵も、ちっとも物騒じゃありませんね。昔話を面白がれる大人でいたいと、思わずにはいられません。たまには、昔話に触れてみませんか?風に吹かれながら、山々を眺めながら、物語を想像してみましょう。
(赤鬼こと山ア祐美子)
戻る