学校法人
認定こども園 聖愛幼稚園

〒400-0071
山梨県甲府市羽黒町618(地図
TEL 055-253-7788
mail@seiai.net


Last Update: 18/04/08

赤鬼からの手紙・・・1978年から1981年までのたった3年間、甲府の中心地に児童書専門店『赤鬼』と いう小さな本屋さんがありました。当時は希少な絵本中心の児童書専門ということで、地元山梨のみならず 全国にファンが広がっていた素敵な本屋さんでした。その後、一男二女の母となった赤鬼は子育ての大事業を 志し、後に東京都練馬区教育委員会の教育委員を務める等、常に母親の立場から目覚ましい活躍をしてきました。 今も文部科学省委託事業『新教育システム開発プログラム』作成に参画して日本国中を東奔西走しています。 赤鬼と小学校以来の幼馴染の私は、3年ほど前から故郷山梨の子どもたちのために絵本の紹介を 書いてくれるようお願いしてきました。やっとこの2007年5月から毎月お手紙をもらえることになりました。 赤鬼おススメの絵本は、聖愛幼稚園の子育て支援センター『あんぱんくらぶ』の本棚でいつでもご覧いただけます。 なんたって『赤鬼からの手紙』です。どうぞ、お楽しみに。(園長 鈴木)




赤鬼からの手紙(2018年4月号)



『ふうと はなと たんぽぽ』

いわむらかずお
童心社

   あんなに厳しい寒さの冬が一気に去ってしまいました。 何もかもが輝いて新しい命がたくさん生まれる季節です。 鮮やかな緑の木々の陰で鳥のさえずりが聞こえてきます。 色とりどりの花々のまわりには、蝶たちが舞い踊っています。 春の訪れは、私たちだけでなく生き物たちすべてにとっての喜びです。 そうっと、野原をのぞいてみましょう、 きっと、小さな生き物たちのお喋りが聞こえてきますよ。

「のはらで あそんでくる」 ふうと はなが いいました。
「きをつけて、だれかが きたら、くさのかげで じっとしているんだよ」と おかあさんがいいました。のはらには、あおいそらが ひろがっていました。
きいろい はなが、さいていました。
「こんにちは。わたしの なまえは はな。あなたの なまえは?」
はなが いうと、「たんぽぽ」 どこかで こえがしました。 
「だれか いる。じっとしていよう」ふうは うずくまりました。
「はなって、すてきな なまえ」かおを だしたのは てんとうむし。「ぼくは、たんぽぽの きいろい はなが すき」すると、べにしじみが とんできました。
「だれか きた、じっとしていよう」はなも うずくまりました。
「ぼくは たんぽぽの あまい みつが すき」すると、みつばちが とんできました。「わたしは たんぽぽの、かふんが すき」
「はなは たねを みのらせ、あたらしい いのちを うむんだよ」てんとうむしが いいました。「あたらしい いのち?」
「たんぽぽ ぽぽぽ、ぽ ぽ ぽ」かぜがふいて わたげが くずれました。「かぜが たねを はこんでくんだ」
「ぼくの なまえは ふう。かぜのことだよ。」ふうが いうと、「いなまえだね。かぜは いのちを はこぶんだ」てんとうむしは くるくると まわりました。
「ぼくは かぜ。いのちを はこぶんだ。」 「たんぽぽ ぽぽぽ、ぽ ぽ ぽ」
ふうは かぜに、 はなは わたげに なりました。
うちにかえると ふうと はなは、おかあさんに、たんぽぽの はなしをしました。
「そうよ、ふうは げんきな かぜのこと。はなは、きれいな はなのこと。 あたらしい いのちを うみ、 そだてるの」 おかあさんは いいました。


   ネズミの大家族を主人公にした「14ひきシリーズ」でお馴染みのいわむらかずおさんの待望の新シリーズが2010年にだされました。これは、その2作目になります。今度の主人公は2匹の野うさぎです。1作目の「ふうと はなと うし」も、2匹の出会う様々な生き物たちとの驚きや喜びで溢れていました。何よりも”いのち”について大切な言葉で埋め尽くされていました。この2作目「ふうと はなと たんぽぽ」では、2匹の名前にこめられた意味が伝えられていきます。自分の名前の意味に気づく2匹の驚きと、たくさんの出会いの中で気づくことが出来た2匹のわが子へのお母さんの喜びがひしひしと届きました。そして最後に、おっぱいを飲んでぐっすり眠る2匹は、まだまだ赤ちゃんなんだって思います。そのお母さんの胸のあたたかさが絵本全体を温かくしてくれています。絵本を抱いて、眠りたくなりますね。 栃木県那須郡那珂川町にある「いわむらかずお絵本美術館」通称「えほんの丘」は雑木林や田んぼ、小川やため池などに囲まれた里山にあります。いわむらさんのねずみたちや野うさぎたちは、そんな豊かな自然の中で生まれています。いわむらさんは握りこぶしほどのちいさな野うさぎと出会い、うさぎたちの動きや親うさぎとの様子など日がな一日、這いつくばって、じっと見つめていたそうです。そうやって、この絵本になったのですね。

   もう一人の主人公「たんぽぽ」についていわむらさんはこういっています。
<日本のタンポポを、さがしてみよう>
日本には大きくわけて、日本のタンポポとセイヨウタンポポがあります。 セイヨウタンポポは1年じゅうみられますが、日本のタンポポは春にだけ咲きます。 そして、日本のタンポポの花がセイヨウタンポポと大きく違うのは、 虫たちの助けを借りて受粉する必要があるということです。 ふうとはなが出会うのは、日本のタンポポです。 みなさんも、探しにでかけてみてください。


   いわむらさんの絵本についてのメッセージです。
「絵本と子どもの出会いはいろんな意味で増えていると思いますけれど、なんといっても親子の結びつきが、絵本のもつ役割としてはいちばん大きいんじゃないでしょうか。お母さんやお父さんがだっこして、肌がふれあうような、ぬくもりが伝わる距離で読んであげるということが。その時間が素晴らしい時間なんだと思います。親子ともに至福の時間だと。私のように、かつて子どもとそういう時間を持った世代からすると、そんな幸せな時間、あっという間に終わってしまう。今の時代、いろんな種類の、たのしくてうつくしい絵本がいっぱいあるんだから、お母さんやお父さんの目で自分の子どもたちに選ぶところから、愛情なんじゃないですか。ほんとうに好きな絵に出会ったら、ほれぼれとしてそこから動けなくなってしまう…。それが絵ですから!自分で選ばないなんてもったいない。最初はわからないと思っても、美術館などで絵を見ることを重ねていくと、だんだんこれはいい絵だなあとか、絵本を味わえるようになってくると思いますよ。」

(赤鬼こと山ア祐美子)

戻る


赤鬼からの手紙(2018年3月号)



『わたしのおひなさま』

内田麟太郎 作
松本 孝 絵

岩崎書店


   暦の3月の声を聞いても、まだまだ肌寒く感じる日々がありますが、少しずつお日様の光は温かさを増しています。花屋さんの店先には、もう可愛いピンクの桃の花が並び始めて、いち早く春の訪れを伝えてくれています。思わず"春よ、来い〜早く来い〜"と歌いたくなりますね。そんな春を呼ぶのにふさわしいお祭りが「ひな祭り」です。女の子の大事なお祭りです。そして、お雛様の近くには、必ず春を呼ぶ桃の花が添えられています。

   さて、みなさんは「ひな祭り」にはどんな意味が込められているか知っていますか?

「このこが じょうぶになりますように。ひとりで おんもに でられますように。」
ももちゃんのおばあちゃんは、おひなさまでももちゃんのからだをさすってくれます。
ももちゃんはおひなさまを川にながしました。
「ももちゃんのびょうきをおひなさまがしょってくださるのよ」とおかあさんがいいました。そのとき、川から手がのびて、ももちゃんのおひなさまは、水の中へ・・・
「かえして―おひなさまをかえして―」きがつくと、ももちゃんも みずのなかにいました。かっぱのおとうさんが「このおひなさまを わしにくれ―、むすめが しにそうなんじゃ―」とふりかえりました。川のなかは あおくすみきっていました。かっぱの おんなのこは ぜいぜいあらいいきをして、くるしそうです。かっぱのおとうさんは おひなさまでかっぱのおんなのこのからだをさすりつづけました。「おたのみもうします、どうか かなこをたすけてやってくださいまし」おとうさんはなんどもなんどもいいます。ももちゃんも、かなこちゃんがたすかるようにいのっていました。
そして、みんながふりかえると、かなこちゃんはからだをおこしていました。かなこちゃんはげんきになったのです。ももちゃんはかなこちゃんから、ひしもちと同じいろの三つのきれいなこいしもらいました。かっぱのおとうさんにおくってもらって、きしべについたももちゃんのかみも、ふくもちっともぬれていません。
ももちゃんは ゆめをみたのでしょうか・・・


   「ひな祭り」の歴史はとても古く、その起源としてはこんなことが言われています。
――中国、漢の時代、徐肇(じょちょう)という男は3人の女児をもうけたのですが、3人とも3日以内に死んでしまったそうです。 嘆き悲しむ徐肇を見た村の人々が酒を持ち寄り、亡骸を清めて水葬にしたそうです。 これが日本にも伝わりました。平安時代になると、当時の貴族階級の女の子の間では、紙の人形を使った遊び「ひいな遊び」(今で言うところの「おままごと」ですね)が流行していました。この「ひいな遊び」と結びついて、3月3日に陰陽師を呼びお祓いをさせ、自分の生年月日を書いた紙の人形(ひとがた)に移らせて川生したのです。さらに江戸時代になると、人形作りの技術が向上したことで川に流すのではなく、家で飾るように変化していきました。ひな祭りはお祓いの意味合いがあり、雛人形は身代わりの意味があるのです。 また、雛人形はもともと呪具としての役割もあり、 それは現在でも東北地方の風習に残されています――

   こうして、今の私たちの知っている「ひな祭り」にまでつながっているのだと思うと、いつの時代でも、子を思う親の気持ちは同じなんだと実感させられます。

   この絵本では、かっぱの親子が出てきます。かっぱのおとうさんとおかあさんのかなこちゃんによせる思いの深さにじ~んとしてきます。内田麟太郎さんの描くお話の世界は、いつもほっこりとさせてくれます。不思議なお話なのに、とても身近に感じられて、きっと近くの川にもこんな親子がいそうな気がしてきます。流しびなの風習が残っている地域もありますから、どこかでこの絵本の表紙にあるお雛様を見かけることもあるかもしれません。

   今年は、ひな人形を飾るだけではなくて、折り紙でおったおひなさまで、わが子のからだをさすりながら、健康を願い、幸福を祈るのもいいですね。

(赤鬼こと山ア祐美子)


戻る


赤鬼からの手紙(2018年2月号)



『おにはうち ふくはそと』

西本鶏介 文
村上 豊 絵

ひらさかチャイルド


   今年の寒さは、数十年ぶりといわれるほどの厳しさです。都内もここ数年もないような雪に見舞われ、交通マヒをはじめ、雪に弱い都会の脆さを見せつけました。雪深い地方の雪もいつにもまして降り積もり、雪慣れしている人々にとっても、余談の許さないような日々が続いています。まだまだこの寒さは続きそうですが、2月のこの季節…あの鬼たちはどうしているでしょうか。気がかりな鬼たちの様子をのぞいてみましょう。

むかしむかし、あるところに おひゃくしょうのおとこと、そのおかみさんがすんでいた。
とてもびんぼうで、せつぶんのひがきても、まめまきのまめもないありさま。きんじょでは「おには そと、 ふくは うち」とにぎやかにはじまった。
「うちでも まめまきをしたいのう。しかたがない。こえだけで まめまきをしよう。」
おとこは、からっぽの ますをかかえて、くやしいやら、はずかしいやら、なかなか こえがでてこない。おかみさんに「さあ はやく」といわれて、おとこは こえを はりあげた。
「おには うち、ふくは そと。おには うち、ふくは そと。」
(あれえ、なんだか おかしいぞ)
さあ、よろこんだのは まめをなげられて、にげまわっていた あかおにと あおおに。
「しめた。かくれるところが みつかったぞ。」おにたちは おとこのいえに とびこんだ。
「いやあ、たすかった。どこの いえでも おいはらわれて…こんや ここにとめてくれ。」
「と、と、とんでもない。」と、おとこはあわてて くびをふった。「おにさまを ねかせるふとんもない、こめもない。」すると、あかおにが にやりとわらった。
「そんなら、このふんどしをやるから、こめと とりかえてこい」あかおには、とらのかわのふんどしをはずして おかみさんにわたした。こめやは ふしぎそうに さわっていたが こめいっしょうと とりかえてくれた。あおおにのふんどしももっていくと「ふたつもそろったなんてありがたい」と すっかりよろこんだこめやは うまにつめるだけの こめだわらに とりかえてくれた。おかみさんは さけや さかなや やさいも よういして おにたちにごちそうした。おにたちはおおよろこびで「こんやは さかもりだ。お前たちものめ。」おとこも おかみさんもたのしくて いっしょになっておどった。
 つぎのひ せつぶんのぎょうじもすっかりおわって、すっかりしずかになった。
さてさて、おにたちは どうしたでしょう・・・

   「おにはうち ふくはそと」 今年の鬼の絵本の題名は、あれっ?て思いましたか? 西本鶏介さんは、創作もたくさんありますが、民話や昔話の研究者でもあります。この絵本もそんな中から生まれたものです。
「豆まきは節分の大切な行事です。冬と春の季節の分かれ目の頃は、天気も変わりやすく、そのために病気になることが多いと信じられてきました。そこで病気や災害を追いはらう行事として豆まきが始まりました。豆には鬼のような魔物をやっつけるおまじないの力があり、この豆で鬼を追い出し、幸せの神様がきてくれるように『福は内、鬼は外』というのです。」と西本さんは解説しています。節分ってなんだろう、その言われもわからないまま、豆まきをしていた方もおられるかもしれませんね、こうやって説明すると、子供たちにとっても豆まきの行事がよりわかりやすく、身近にも感じられることでしょう。

   さてさてところが、この絵本の男の家は貧乏で豆もない、そこで声だけで豆まきをしよう、というのです。今風に言えば"エア豆まき"とでも言うのでしょうか。ちょっと楽しくなってきますが、ここで男は大きな言い間違いをしてしまいます。「鬼は内、福は外」これが聞こえてきたら、にげまわっていた鬼たちはほっとしたことでしょうねえ。それにても、鬼のふんどしがこんなに役に立つものとは…初耳でした。脱いだ後はどうしちゃったんでしょう、ここは子供たちが一番興味がわくところ、私も同様でした。ふんどしがないままでずっといたのかなあ…なんてね。村上豊さんのあたたかい絵は、そんな楽しげな鬼たちの様子もユーモラスにこっそりと描いてくれています。村上さんも数多くの絵本を出されています。どれもこれも、登場するすべての者たちへの敬意に溢れていて、ページをめくるたびにいつも心をほっこりさせてくれます。この絵本では、特に鬼たちへの思いがこもっています。

   最後に西本さんは原話にはないお話を入れたと語っています。「おにだって いっけんぐらいは しあわせにできるちからがあるぞ。いくら ふくのかみでも にほんじゅうのいえを しあわせにするのはむりじゃ」鬼たちの心根の優しさが伝わってきます。

   「赤鬼」に出会ってから、私のそばには、いつもこんな鬼たちがいてくれています。そして、この2月にはひょっこり、ちゃんと顔を見せてくれます。 だから毎年、我が家は「鬼は内〜、福も内〜」

(赤鬼こと山ア祐美子)

戻る






Copyright © 2017, SEIAI Yochien.
本ページと付随するページの内容の一部または全部について聖愛幼稚園の許諾を得ずに、
いかなる方法においても無断で複写、複製する事は禁じられています。
mail@seiai.net