学校法人
認定こども園 聖愛幼稚園

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Last Update: 18/10/12

赤鬼からの手紙・・・1978年から1981年までのたった3年間、甲府の中心地に児童書専門店『赤鬼』と いう小さな本屋さんがありました。当時は希少な絵本中心の児童書専門ということで、地元山梨のみならず 全国にファンが広がっていた素敵な本屋さんでした。その後、一男二女の母となった赤鬼は子育ての大事業を 志し、後に東京都練馬区教育委員会の教育委員を務める等、常に母親の立場から目覚ましい活躍をしてきました。 今も文部科学省委託事業『新教育システム開発プログラム』作成に参画して日本国中を東奔西走しています。 赤鬼と小学校以来の幼馴染の私は、3年ほど前から故郷山梨の子どもたちのために絵本の紹介を 書いてくれるようお願いしてきました。やっとこの2007年5月から毎月お手紙をもらえることになりました。 赤鬼おススメの絵本は、聖愛幼稚園の子育て支援センター『あんぱんくらぶ』の本棚でいつでもご覧いただけます。 なんたって『赤鬼からの手紙』です。どうぞ、お楽しみに。(園長 鈴木)




赤鬼からの手紙(2018年10月号)



『ピエールくんは黒がすき!』

ミッシェル・パストウロー/著
ローランス・ル・ショー/イラスト
松村恵理・訳

白水社

   とても暑かった夏が過ぎて、一年中で一番美しい季節になってきました。 山々をこんもりと青々とさせていた緑たちが姿を変えていきます。 赤や黄色だけではなく、その微妙な色模様は私たちの目を楽しませてくれますね。 そんな私たちの目をもっと豊かにしてくれる場所が、美術館です。 芸術の秋には、様々な展覧会が待っています。あなたの住む街にもきっと、素敵な作品が紹介されていることでしょう。 あれ?!ちょっと待って・・・ここは、なんだか、真っ黒ばかり・・・いったい何の展覧会でしょう・・・。

ピエールくんはベッドのなかで、おびえています。だって、あたりはまっくらだから。 ピエールくんは不安でいっぱい、本の中の夜は、黒というより紺色だったから、「なんで今夜の外はまっ黒なの?」「青い夜なら、こんなにこわくないのに」 ピエールくんは、きょうぼうなオオカミにおいかけられる夢を見ました。動物園で見たオオカミは黒ではなく灰色や茶色で、赤い毛のオオカミさえいました。あれはたぶん本物じゃなかったんだ、本物は、まさにピエールくんをたべようとしているどうもうでまっ黒い、黄色い目をしたオオカミです。ピエールくんはベッドの中で悲鳴をあげました。
「ママ、ぼく、夢ではぜんぶの色があるといいな。だけど、黒だけはいやだ」 朝起きてパパに話します。「パパ、どうして黒なんてあるの?ほかの色みたいに黒も色なの?」「もちろん、黒だって色だし、きれいな色でもあるんだよ。おしゃれなパーティには,黒い服を着るんだ…長いこと黒と白はほかの色とはちがう、とくべつな色って考えられていたんだよ。つまりね、黒と白は、赤や青や黄色や緑と同じように本物の色って言われるようになったんだ・・・」でも、ピエールくんはパパの言う通りには思えませんでした。
 今日の学校の先生のお話は、すごくこわい"青ひげ"です。ピエールくんはふしぎに思います。「どうして黒いひげが黒すぎると青く見えるんだろう?」ピエールくんは友達とも遊ばずに自分にたずねます。「・・・青はぼくにとって最高にきれいな色だし、ママがいちばん気にいってる色なのに。青が黒みたいであるはずがないよ。そんなのありえない。」
 おじいちゃんがお迎えに来ています。公園に行くとカラスがちかづいてきました。「カラスの羽や尾っぽをよくみてごらん」とおじいちゃんが教えます。「とっても黒くて輝いている、紺色にも見えるよ」ピエールくんはさけびます。「まるで青ひげの男のひげみたい!」
 カラスにチョコレートをひとかけ投げるとカラスはくちばしでくわえとります。おじいちゃんが「ふしぎだね。まっ黒なくちばしの中では、チョコレートの茶色がなんだかあかるく見えるよね」「茶色と黒ってぜんぜんちがうね。つまりさ、チョコレートは大好きだけど、茶色より黒の方がきれいだとおもうんだ」とピエールくんは答えます。
 土曜日、パパはピエールくんをつれて、ピエール・スーラ―ジュという画家の作品を観に行きます。スーラ―ジュの絵は遠くから見るとまっ黒です。けれど、近づいてみると「パパ、黒の中にたくさんの色が見えるよ!・・・」「そのとおり。・・・光がふりそそぐと・・・あたらしい色になるんだ」それは、ほんとうにきれいで、まるでそれぞれの絵から色のついた音楽が小さくきこえてくるようです。
「パパ、今じゃぼく、黒が大好きだよ。だって黒ってほかのぜんぶの色になれるから。」


   ”子どもに美術作品を見せながら自発的に何かを学び取らせるという教育法は、フランスでは古くからある慣習です。たとえば、パリの美術館で小中学生たちが課外授業を受けているのは日常的な光景です。”と訳者の松村さんは述べています。日本でも、そんな光景に出くわすことがあります。中学生などが懸命にメモを取りながら鑑賞していたり、ギャラリートークやワークショップなども盛んになってきたように思います。この絵本では、ことさら色彩にこだわって描かれています。ミシェル・パストゥローはフランスの歴史人類学者です。専門的な多くの著作がある中で、今回初めて子供向けに描かれました。

   ミシェルさんのメッセージの中で”〜「黒と白は色ではない」という間違った見方が広く行きわたっている〜”とありました。私は有難いことに、今までそんな考えは思いもしない中で過ごしてきましたが、歴史をひも解くとそういう見方があるのだということもわかりました。というのも、私のワードロープの中ではなんと黒が多いことか・・・私は、特に黒が好きです。とはいえ、ピエールくんの様に闇の黒は怖いに決まっています。そんな怖い黒が大好きになるまでの、家族の導きが素敵です。日常の中に色を見つけることで学んでいきます。おじいちゃんがカラスを通して、孫のピエールくんに黒を伝えるのはすごいなあって思います。なかなか親子で美術館に行く機会は少ないかもしれませんが、絵本のパパの様に一緒に楽しみ共に学ぶことが出来るといいですね。スーラ―ジュ作品は日本でもいくつかの美術館で収蔵されています。この絵本に出会って、ぜひ鮮やかな黒を感じに行くことにしようと思います。絵本にある〜まるでそれぞれの絵から色のついた音楽が小さくきこえてくるようです〜が心に残ります。黒だからこそ聞こえる音があるのかもしれませんね。

   「眼で聴く、耳で見る」この絵本の大事なメッセージのように思います。

(赤鬼こと山ア祐美子)


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赤鬼からの手紙(2018年9月号)



『こねこのぴっち』

ハンス・フィッシャー 著
石井桃子 訳

岩波書店


   酷暑の夏も少しずつですが、空模様がかわってきました。抜けるような青空も空気が澄んで秋の風を呼び込んでいます。夏にであった出来事を思い出しながら、来る秋に思いを巡らすのにいい季節です。人間にとっていい季節は、身近な動物たちにとてもいい季節に違いありません。家で生き物を飼っている人も多いでしょう、犬、猫、うさぎ、鳥、魚、、ほかにもあるかもしれませんね。生き物たちとの関わりの中で、私たち人間が学ぶこともたくさんあります。今回の主人公は猫です、いったいどんなことを伝えてくれるでしょうか・・・

 りぜっとおばあさんがあみものをしています。そのわきには2ひきのねこがねています。とうさんねこのまりとかあさんねこのるり。さいきん、るりは5ひきのこどもをうみました。ぐりぐりとぐろっぎ、ぱっちとみっち、いちばんちいさくておとなしいのがぴっちです。いぬのべろが、ほかのねことあそばないぴっちをしんぱいそうにみています。おばあさんがいなくなると、ぐりぐり、ぐろっぎ、ぱっちとみっちのいたずらは、いよいよひどくなっていきます。ぴっちだけは、そんなことはしたくありません、ぜんぜんちがうことがしたかったのです。
 りぜっとおばあさんは、ほかにもいろいろどうぶつをかっていました。ぴっちはひよこたちとあそびたいとおもいました。でもめんどりかあさんは、ひよこたちをよんでほかのところへいってしまいました。ぴっちは、おんどりとうさんのあるきかたが、りっぱなので「ぼくも りっぱな おんどりになりたいなあ!」と2ほんあしであるいたり、おんどりにまけないくらいに、いっそうおおきなこえをはりあげました。そのうち、となりのおんどりとけんかがはじまりました。「いやだ。こんなことなら、おんどりなんかになるのは やめだ!」
 ぴっちは、ひろいはらっぱにきました。ちゃいろのやぎがねころんでいました。 「ぼく、やぎになってみたいなあ」ぴっちはきのえだをつののかわりにして、「ほら、あなたに そっくりでしょ。」でも、ちちをしぼられるとわかると、にげだしてしまいました。 けれども、またすぐ、あたらしいおともだちができました。つぎはあひる、ぴっちは、あひるとおなじように、いけでおよいでみたくなりました。ところがたいへん!ぴっちは、しずんでしまいました。 あひるのおばさんにたすけられて、きしまでつれていってくれました。そんなぴっちをみていたのは、うさぎたち。ぴっちは、じぶんもうさぎのつもりで、いっしょにうさぎのこやにとびこみました。でも、いけにはいってびしょぬれになったぴっちはさむくてこごえそうです。 それに、きつねとふくろうにおどかされて、とてもこわいおもいをしたのです。やっと、りぜっとおばあさんが、ぴっちにきづいて、うさぎのこやからだしてくれました。つぎのあさ、ぴっちはおもいびょうきになっていました。いえのとがあくと、ほかのどうぶつたちが、みんながおみまいにきてくれました。 おばあさんやほかのどうぶつたちのおかげで、ぴっちはげんきになってきました。おいわいのたのしいかいもしてくれました。 おばあさんはごちそうをつくってくれたり、ぴっちだけせなかにクッションをあててもらったり・・・。
「なんて、やさしいおばあさんだろう。ぼくはもうけっしてよそへはいくまい。ここがいちばんいいところだ。」とぴっちはおもいました。

   何となく物足りない、何か他いいことがあるかもしれない、ほかの何かになってみたいっておもうことはたくさんありますよね。まずはやってみないと・・・好奇心は発見や挑戦の原動力です。だから、ぴっちはすごいなあっておもいます。でも、それができるのは、ちゃんと見守ってくれているりぜっとおばあさんがいるからですね。ぴっちは最後にそのことに気づきます。普段は気づかないまま過ごしていても、何かあると気づくことがあります。私たちの周りには、そんな風に見守ってくれている人たちがたくさんいます。そのことを伝えてくれたぴっち、でもあのくるくるした目をみていると、また新しいチャレンジをするかもしれません、でも、きっとりぜっとおばあさんに心配はかけるようなことはしないでしょう。ぴっちはおばあさんのことが大好きですから・・・

(赤鬼こと山ア祐美子)


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赤鬼からの手紙(2018年8月号)



『おとなになれなかった弟たちに』

米倉斉加年 著

偕成社


   今年の暑さは日本中の多くの場所で記録的なものになっています。 連日のようにTVニュースの画面では、命が危ぶまれる暑さであると報じられ、熱中症で亡くなる方も増え続けています。 未曽有の水害に見舞われた地域でも、この酷暑が復興の手を阻んでいます。 知恵を絞り、手を取り合って声かけながら凌いでいくことが大切だと、、、一人で出歩かないようにとも言われています。 手を伸ばせば、近場にいる人を助けることが出来るのは、人として感謝できることでもありますね。 手を伸ばしても何もできない時代もありました。 たった一人の幼い弟を助けることが出来なかった哀しいお話です。

 ぼくの弟の名前は、ヒロユキといいます。ぼくが小学校4年生のときに生まれました。 太平洋戦争のまっさいちゅう、父は戦争にいっていました。B29という飛行機が、毎晩のように日本に爆弾をおとしにきます。夜もおちおちねていられません。ぼくと母と祖母と妹と弟の家族5人、じぶんたちでほった地下室、防空ごうでねていました。
 そのころは食べ物が十分なかったので、母はぼくたちに食べさせて、じぶんはあまり食べません、だからおチチが出なくなりました。ヒロユキの食べるものがありません。ときどきミルク一缶の配給がありました。それがヒロユキのたいせつな食べ物でした・・・。 あまいものがなかったそのころ、アメもチョコレートも、おかしもなにもありません。くいしんぼうのぼくは、弟のミルクはよだれがでるほど飲みたいものでした。母はよくいいました。ミルクはヒロユキのごはんだから、それしか食べられないのだから―――と。でもぼくはかくれて、ミルクをぬすみ飲みしていました。それも、何回も・・・。ぼくは弟がかわいくてしかたがなかったのですが・・・。それなのに飲んでしまいました。
 空襲がひどくなり、疎開の相談をするために、弟をおぶった母とぼくはしんせきのいるいなかへ出かけましたが、しんせきの人はぼくたちを見るなり、うちにたべものはないといいました。母はくるりとうしろをむいて、ぼくにかえろう、といいました。そのときの母の顔は強く、悲しい顔でした。ぼくたち子どもを必死で守ってくれる母の顔は美しいです。ぼくはあのときのことをおもうと、いつも胸がいっぱいになります。
 母はいったこともない山のなかの親切な人にたのんで、やっと疎開先がきまりました。ぼくたちがおせわになる農家は、山が頭の上においかぶさるような山すそにありました。母は生まれてはじめて田植えを手伝い、昼に出されるごはんをぼくたちにのこして、もって帰ってきました。疎開者には配給もないので、ヒロユキのおチチにはこまりました。となり村に山羊をかっている農家があるときけば、母は自分の着物をもってでかけていきました。ぼくはおとうとが欲しかったので、よくおんぶしてかわいがりました。 ヒロユキは病気になりました。村から三里はなれた町の病院に入院しました。10日間くらい入院したでしょうか。ヒロユキは死にました。病名はありません。栄養失調です‥‥・。
 弟が死んで九日後の8月6日に、ヒロシマに原子爆弾がおとされました。その三日後にナガサキに――――。そして、六日たった1945年8月15日に戦争はおわりました。 ぼくはひもじかったことと、弟の死は一生わすれません。

   「死んだヒロユキばかりではない。罪も無い乳児を栄養失調で死なせなければならなかった周囲の大人達も不幸である。 自分の子に何もできず顔すら見ることができなかった父も不幸である。 作者一家の顔をみるなり追い返さなければならなかった親戚も不幸である。 弟のミルクを奪った作者も不幸である。 なによりも自分の長男が次男の唯一の食料を取ることを咎めることが出来なかった母はもっとも不幸である。 弱い子供が被害者であるとともに、より弱い者に対しては加害者になってしまう。 被害者を、同時により弱い者への加害者にもしてしまったものはいったいなんであるか? ヒロユキのミルクを主人公が盗み飲みすることを母は何故?きつく咎めることが出来なかったのか? 教科書の指導書は生徒の指導に当たって問いかけるよう求めている。」

   またある対談ではこんなことを語っています。

「ぼくも自分の弟が、オレがミルクを飲んだために死んだという恨みつらみがあるんですよ。子どもには小さな缶が一つ配給されるだけだもの、食べ盛りのぼくは盗み飲みするわけですよ。もし、ぼくがあれを飲まなければ生きていたんじゃないかという、この恨みは激しいんだ。誰が殺した。ぼくが殺した。じゃそういう状況に追い込んだのはいったい何なんだ・・・・」

   米倉さんの挿絵は独特の世界観を持っています。「多毛留」という絵本は衝撃的なデビューでした。描かれた繊細な線の中に、おどろおどろしいような刹那さがありました。今回の作品は、その線がやわらかく美しく、時に凛としながらも、表紙の赤子の愛らしさは家族の愛情にあふれています。そして、見開きの哺乳瓶を打ち抜いた弾丸のあとはその現実の厳しさを確かに伝えています。弟の名を”ヒロユキ”と明記したのも、ヒロシマ、ナガサキの表記と同じくすることで、普遍的なものにするためであると・・・。

   今年の8月は絵本と共に、親子で平和を考える時を持ってみませんか?

(赤鬼こと山ア祐美子)

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