学校法人
認定こども園 聖愛幼稚園

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Last Update: 19/02/15

聖書のお話・・・カトリック甲府教会司祭の細井保路先生が 新たに「聖書のおはなし」を連載してくださいます。細井先生は カトリック教会の保育所、幼稚園でたくさんの子どもたちに 関わってこられ、絵本作家としてもご活躍されています。



書き下ろし連載136
世界を美しく見る
ルカ福音書6章41−42節

細井保路

   あなたは、兄弟の目にあるおが屑は見えるのに、なぜ自分の目の中の丸太に気づかないのか。 自分の目にある丸太を見ないで、兄弟に向かって、「さあ、あなたの目にあるおが屑を取らせてください」と、どうして言えるだろうか。 偽善者よ、まず自分の目から丸太を取り除け。そうすれば、はっきり見えるようになって、兄弟の目にあるおが屑を取り除くことができる。

   目に大きな丸太が挟まった状態で、人を批判している人物を想像してみましょう。 ギャグ漫画のような情景です。 イエスさまは、私たちが時として、そんな姿になっていることに気づかせようとされたのです。 人の間違いを指摘したり、批判したり、相手を責めたりするときに、もし目の前に大きな障害物があって、現状をなにも把握できないでいるのだとしたら、批判は見当違いなものになってしまいます。

   もちろん時には、勇気をもって間違いをたださなければならないこともあります。 しかし、多くの場合、相手を裁く前に、私は現実をちゃんとつかんでいるのか確かめてみる必要があります。

   私にはこのことの全体像が見えているのか? 私は相手の側の理由を考えたことがあるか? 私は自分の感情だけで判断していないか?などと考えてみれば、批判や怒りが、本当はどうでもいい小さなことであると気がつく場合もあるのです。 「まず自分の目から丸太を取り除け」というイエスさまの言葉は、言いかえれば、「まず自分が抱えている荷物をおろしてみよう」「まず自分がとらわれている感情から抜け出してみよう」というようなことなのです。

   自分の目の前にうっとうしいものを抱えていると、周りの世界も、相手の態度もすべてうっとうしく見えてくるけれど、目の前をすっきりさせると、ずべてがもっとすっきりと美しく見えてくるといのは、本当だと思います。


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書き下ろし連載135
はかり
ルカ福音書6章37−38節

細井保路

人を裁くな。そうすれば、あなたがたも裁かれることがない。 人を罪人だと決めるな。そうすれば、あなたがたも罪人だと決められることがない。 赦しなさい。そうすれば、あなたがたも赦される。 与えなさい。そうすれば、あなたがたにも与えられる。 押し入れ、揺すり入れ、あふれるほどに量りをよくして、ふところに入れてもらえる。 あなたがたは自分の量る秤で量り返されるからである。

   「裁く」という言葉は、なんだか偉そうな言葉で、私たちと直接関係ないように思うのですが、人に腹を立てたり、「許せない」と思ったりすることは、やはりあるものです。 そして気がつくと私たちは、不愉快な思いや、自分の失敗さえ、誰かのせいにしてしまうことがあります。 人のせいにすることをやめてみるだけで、私たちの気持ちは大きく変わるはずです。

   確かに、物事が予定通りにいかなかったり、楽しいはずの時間が台無しになったりするのは、たいてい誰かのせいです。 そして、当たり前のことですが、誰かのせいにしている私は、決して今の状況に満足できていないのです。 満足できていないから、その原因となる犯人を捜して、誰かのせいにしているのです。 問題は、今満たされていない私の心にあるのです。 「自分の量る秤で量り返される」という言葉の意味は、あなたが今の状況を過小評価するなら、それはちっぽけなままだということです。 反対に、あなたが今の状況の中に豊かさを見出すことができれば、それは本当に豊かになるとうことでもあるのです。

   よく、子育てを失敗したと感じているお母さんから、「私の育て方がまちがっていました」という言葉を聞きます。一見自分を責めているように聞こえますが、実は、「今の我が子の状況が満足できない」と不満を言っているにすぎません。不満を何かのせいにする前に、今の状況の中で味わえる喜びや幸せをみつけることに力を注ぐべきです。


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書き下ろし連載134
クリスマスを迎える心
ルカ福音書6章35−36節

細井保路

   あなたがたは敵を愛しなさい。人に善いことをし、何も当てにしないで貸しなさい。そうすれば、たくさんの報いがあり、いと高き方の子となる。いと高き方は、恩を知らない者にも悪人にも、情け深いからである。あなたがたの父が憐れみ深いように、あなたがたも憐れみ深い者となりなさい。

   キリスト教では、12月25日にイエスさまの誕生を祝います。実際にいつお生まれになったかは不明ですが、やっと日が長くなり始めるこの時期には古来、太陽を待ちわびる様々なお祭りがあり、それに合わせて「救い主」の誕生を祝うようになったのです。イエスさまの誕生は、最初に貧しい羊飼いたちに知らされました。そのとき、天使たちが、「いと高き天には、神に栄光、地には、御心にかなう人々に平和」と歌ったと聖書には書かれています。どこまでも憐れみ深い神の想いをこの世界に浸透させることこそが、イエスさまに託された使命だということを暗示しているかのようです。

   そして、イエスさまはまさに、「神があわれみ深いように、あなたがたもあわれみ深くなりなさい」と教えられたのです。

   わたしたちは、誰が偉いか、どちらが得か、というような価値観に振り回されがちで、いつも誰かを蹴落としたり、軽蔑したり、断罪したりして自分の立場を守ろうとするのです。しかし、本当の幸せを手にいれようと思うなら、自分がなんとか上に這い上がるのではなく、相手の尊厳をみとめ、高めるというとてつもない寛大さこそが必要なのです。それをイエスさまは、「敵をも愛せよ」という言葉に込められました。

   あきれるほどのおおらかさが要求されています。そしてそんな大きな人間はなかなかいません。なかなか実践できないとわかっていても、いつも相手の価値を高め、ゆるし、寛大に見守ることをわたしたちの究極の目標にしておきたいものです。


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