学校法人
認定こども園 聖愛幼稚園

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Last Update: 18/02/04

聖書のお話・・・カトリック甲府教会司祭の細井保路先生が 新たに「聖書のおはなし」を連載してくださいます。細井先生は カトリック教会の保育所、幼稚園でたくさんの子どもたちに 関わってこられ、絵本作家としてもご活躍されています。



書き下ろし連載124
山が動く
マルコ福音書11章23−26節

細井保路

   「誰でもこの山に向かい、『立ち上がって海に飛び込め』と言い、少しも疑わず、自分の言うとおりになると信じるならば、そのとおりになる。だから、言っておく。祈り求めるものはすべて既に得られたと信じなさい。そうすれば、そのとおりになる。また、立って祈るとき、誰かに対して何か恨みに思うことがあれば、赦してあげなさい。そうすれば、あなたがたの天の父も、あなたがたの過ちを赦してくださる。」

   祈ったら何でも叶うとイエスさまはおっしゃいます。でも、わたしたちは経験上そんなことはあり得ないと思ってしまいます。イエスさまは「夢はいつか叶う」というような甘ったるいことを言いたかったのではなくて、「祈るということは、本気で今、この瞬間を大切にすることだ」と教えたかったのです。「今」という時を大事にすることが「祈る」ことなのです。

   今を大事にするならば、心配事を抱えて不安でいっぱいの気持ちで過ごすのではなくて、その思いは神さまに捧げ、良い結果を祈るか、あるいは、自分に今できることを始めればよいのです。過去の恨みを引きずっているなら、その思いも神さまに捧げ、少なくとも今は問題にしないようにすればよいのです。

   今を大事にすることは、この先出会うことの悪い面を想像してあれこれ思い悩むのではなくて、良い面、すばらしい面を思い描いてそのすばらしいことに出会ったときにしっかりとそれを受け止められるように気持ちの準備をすることです。

   「本当に必要ならば山は動くのだ」とイエスさまはおっしゃいます。私にとって動いて欲しい「山」は何でしょうか。たとえば本気で社会のある問題を解決したいと願うならば、私が取るべき行動も見えてきます。でもその一歩を踏み出す勇気はなかなか生まれてきません。だれもが勇気を持てば現状は必ず変わります。そこまでの勇気はなかなか持てなくても、今を大切に生きる姿勢を育てていくことは誰にでもできるはずです。


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書き下ろし連載120
命の輝き
マルコ福音書9章2−8節

細井保路

   「イエスはペトロとヤコブとヨハネを連れて、高い山にお登りになった。そこには彼ら4人しかいなかった。その時、弟子たちの目の前でイエスの姿が変わり、その衣はまっ白に輝いた。その白さはこの世のいかなる布さらしでもなしえないほどのものであった。・・・すると、雲が現れて彼らを覆い、雲の中から声が聞こえた。『これはわたしの愛する子。彼に聞け』。弟子たちは急いで、辺りを見回したが、自分たちと一緒におられるイエスのほかには、誰も見えなかった。」

   たった一度、イエスさまが、とんでもなく神々しく見えたことを弟子たちは伝えています。しかもそれは、イエスさまが堂々と語っている時でもなく、華々しく活躍している時でもなく、数人でひっそりと祈っている時のことでした。私たちは、過去の歴史や、周りの社会や、与えられた環境を背負って生きています。ふだんはその中に埋没して暮らしているのですが、その背負っていると感じているものに、実は支えられているのだということに気づくことがあります。さらに、私たちを支えている社会や自然や過去の歴史が、ふわりとその人の存在を包んでいるように感じるときがあります。その人が偉業を成し遂げたとか、威厳のある姿であらわれたとかいうのではなく、むしろ、環境に支えられた小さな存在であるにもかかわらず神々しく見える瞬間というのがあるものです。

   カトリック教会では、日曜日の礼拝であるミサのときに、最後の晩餐をかたどって、パンを配りますが、そのパンを頂くために祭壇にやって来る人たちを見ていると、一人ひとりにその人の人生があり、社会に自然環境に歴史に包まれ、押し出されるようにして前に進み出て来るのだと気づき、まさにその一人ひとりに向かって神さまが「これはわたしの愛する子」と言っておられるのだと感じると、感動で涙が出そうになります。

   お子さんの寝顔を見ているときなどに感じるいとおしさを大切にしましょう。


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書き下ろし連載122
相手の幸せを願う
マルコ福音書10章42−45節

細井保路

   「あなたがたも知っているように、異邦人の間では、支配者と見なされている人々が民を支配し、偉い人たちが権力を振るっている。しかし、あなたがたの間では、そうではない。あなたがたの中で偉くなりたい者は、皆に仕える者になり、いちばん上になりたい者は、すべての人のしもべになりなさい。人の子は仕えられるためではなく仕えるために、また、多くの人の身代金として自分の命を献げるために来たのである。」

   人より優位に立ちたい。人より得をしたい。誰の心にもそういう感情が潜んでいます。だから、認められなかったり、無視されたり、損をしたりするととても腹が立つのです。それに対してイエスさまは、「仕える者になれ」とおっしゃいます。

   自己卑下しろとか、我慢しろということとは違います。そうではなくて、本来人間には、自分の命を差し出すことができるほどの「やさしさ」が与えられていることを誇りに思いなさいと言われているのです。さすがに「命を差し出す」というのは大げさですが、相手の幸せを優先する気持ちは、誰もが持っているものです。本気で相手の幸せを願うならば、そのとき私たちは自然に「仕える者」になっていなます。

   もうすぐクリスマスがやって来ます。イエスさまの誕生を祝う日です。キリスト教ではイエスさまを「救い主」と言います。私たちの心の中にある相手の幸せを願う気持ちを神さまからいただいたメッセージとして大切にすることこそが「救い」なのだと教えてくださった方だからです。生まれてきた赤ちゃんが幸せになってほしいと願うその気持ちは、まさに、すべての人の救いを望んでおられる神さまの思いと同じものです。

   クリスマスのお祝いを楽しむだけでなく、この機会にあらためて大切な人の幸せを祈りましょう。そして、誰にも大切な人がいることを思い出しましょう。さらに、みんなが幸せになるように祈りましょう。


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