緑深い風薫る季節になりました。お弁当持って、ハイキング、遠足など自然がいっぱいの場所で過ごすには一番気持ちのいい今日この頃です。鳥のさえずりも朝早くから賑やかです。食べ物は、身体の成長には欠かせないものですが、実は身体だけでなく、脳にも大きな影響があることがわかってきたと聞きました。しかも、口からの食べ物だけではなく、自然の中で過ごす空気も肌を通して脳に栄養が届くのだそうです。さあ、外へ出かけましょう!
むかし、あるところに、ひとりのうまかたが いました。あるひ、うまかたは はまで どっさり さかなをしいれて うまのせに ふりわけにつけて やまみちを のぼっていきました。ひがくれて あたりが くらくなると、やまんばが ぬうっと でてきて
「これ、まってろ。そのさかな おいてけ。」と、しわがれごえで いいました。
うまかたは こわくなって かたにのさかなを ぶんなげ にげていきました。
やまんばは さかなを ばりばり くうと、「さかなを ぜんぶ おいてけ。おかなきゃ、おまえを とって くうぞ」と おいかけてきました。うまかたは のこりのかたにも ぜんぶ ぶんなげ、うまにとびのって、にげていきました。やまんばは さかなを ばりばりくうと、また、「うまのあし、一ぽん おいてけ。おかなきゃ、おまえを くうぞ」と おいかけてきました。うまかたは うまのあしを 一ぽん ぶったぎって、うしろに なげ、三ぼんあしの うまで、がった がった がったと にげていきました。やまんばは ばりばりくうと、また、「うまのあし もう一ぽん おいてけ。」うまかたは もう一ぽん ぶったぎって うしろへ なげ 二ほんあしのうまで がった がった がったとにげていきました。やまんばは 「もう 一ぽん。」とおいかけてきたので、もうにげられないと おもった うまかたは うまをすて きのうえに のぼっていきました。やまんばは うまを まるごと くってしまうと また、おいかけてきました。
うまかたが きからおりて にげていくと 一けんやがありました。うまかたは、いそいで そこへにげこみました。うまかたが はりへのぼり ひといきついていると、やまんばが はいってきました。「ああ、きょうは うまいものを いっぱいくった。あまざけでも わかしてのむか」やまんばは いろりに ひをおこし あまざけをあたためはじめました。
やまんばが いねむりをはじめたすきに うまかたは やねのかやを 一ぽんぬいて はりのうえから あまざけを つっぱ つっぱと すいあげました。「おれのあまざけ のんだ やつは だれだ」とやまんばが さけびました。うまかたが「ひのかみ ひのかみ」とささやくと「ひのかみさんが のんだんじゃあ しかたねえ。もちでも やいて くうか」うまかたは もちも かやで さして たべてしまいました。やまんばは「しかたがねえ ねるとするか いしのからとに はいろうか きのからとに はいろうか」と、つぶやきました。うまかたの「きのからと きのからと」のささやきに、「ひのかみさんが いうんじゃあ きのからとにしよう」と、やまんばは きのからとに はいって ねました。
うまかたは はりからおりて ゆをわかし きのからとに きりで あなをあけました。
あなから ぐらぐらにたった ゆをながしこみました。 「あっつい、あっつい、たすけてくれ」とやまんばが あばれだしましたが、うまかたは「だいじな うままでくわれた かたきうちだ」と にえゆを どうどう つぎこんで とうとう、やまんばを ころしてしまいましたとさ。
こんで えんつこ もんつこ さけた。
小澤俊夫さんをご存知でしょうか。
先日、4月18日に逝去されました。小澤さんは、あの指揮者小澤征爾さんのお兄様です。
そして、ミュージシャンの小沢健二さんは、俊夫さんのご次男です。ご本人は,ドイツ文学者であり、ドイツのメルヒェンとよばれる口承伝承による昔話研究の第一人者です。
「小澤昔ばなし研究所」を設立されて、昔話についての研究を様々に発信されてこられました。日本の昔話についても同様です。
今回の「うまかたとやまんば」も小澤さんの再話による絵本です。内容はもっと細かな語りがされていますので、ぜひ手に取って読んでみてください。
絵は、昔話と言ったらこの人の赤羽末吉さんです。このお話も、講演などでも「語り口」と称して、小澤さんご自身が度々語られています。講演の言葉の引用ですが
「昔話のメッセージは、第1は子どもが成長する姿。2番目は人間と自然の関係。特に日本の昔話はそれが大事なんですね。3番目は人間の命とは何か。人間だけじゃなくて、動物の命とはなにか。〜お話って、言葉でしょ。言葉で耳にはいってくるよね。それを頭の中で絵に描くわけだよ。言葉で聞いたことを、頭の中で絵に描くこと。その変換する力。言葉から絵に変換する力を養う事。これが、子どもにお話を聞かせることの、一番大事な、第一の意味なんです。〜」
このお話しでも、馬の脚をぶった切るとか、物騒だと大人は思ってしまいがちですが、それは子どもにとっては面白いことなのだと、3本足でがったがったと走る馬、2本でも走る、という語りを、手をたたいて面白がるのが子どもです・・・子どもと大人の感受性は違うのだという事を大切にしてほしい、残酷な物語などという言葉で子どもを教育しないでほしい、と小澤さんは語ります。もちろん、相方の絵本の赤羽さんの絵も、ちっとも物騒じゃありませんね。昔話を面白がれる大人でいたいと、思わずにはいられません。たまには、昔話に触れてみませんか?風に吹かれながら、山々を眺めながら、物語を想像してみましょう。
(赤鬼こと山ア祐美子)
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