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認定こども園 聖愛幼稚園

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赤鬼からの手紙(2025年9月号)



『月とあざらし』

小川未明 / 作
古志野実 / 絵
小川和美 / 編
架 空 社 刊

   9月の声を聞くというのに、まだまだ異常な暑さの名残が続いています。 毎年の夏の話題は、年ごとに暑さが増すと記してきましたが、それが現実になってきているような気がします。 〜去年よりも暑いよね〜というのが、挨拶のように交わされていました。

   四季が明確な日本のはずなのに、だんだんぼやけてきていませんか? 本来あるべき姿の地球を人の手で壊し続けているのかもしれません。 積乱雲の重なる空を見上げながら、鰯雲が恋しい気分になってきます。 秋の訪れを心待ちにしていると、月模様が思い浮かんできます。 月は、様々な場面の想いが込められて、絵本の中でも表現されています。

 北方の海は、銀色に凍っていました。長い冬の間、太陽はめったにそこへは顔を見せなかったのです。なぜなら、太陽は、陰気なところは、好かなかったからでありました。
 一ぴきの親あざらしが、氷山のいただきにうずくまって、ぼんやりとあたりを見まわしていました。そのあざらしは、やさしい心をもったあざらしでありました。秋のはじめに、姿の見えなくなった、自分のいとしい子供のことを忘れずに、毎日あたりを見まわしているのであります。子供を失ったあざらしは、なにを見ても悲しくてなりませんでした。
「どこかで、私のかわいい子供の姿をお見になりませんでしたか。」
いままで、傍若無人に吹いていた暴風は、こうあざらしに問いかけられると、叫びを止めて
「あざらしさん、あなたはいなくなった子供のことを思って、毎日そこにそうして、うずくまっていなさるのですか。・・・私はたいていこのあたりの海の上は、一通りくまなく駆けてみたのですが、あざらしの子供はみませんでした。・・・こんど、よく注意をして見てきてあげましょう。」
「あなたは、ごしんせつなかたです。・・・私の子供が、親を探して泣いていたら、どうか私に知らせてください。どんなところであろうと、氷の山を飛び越して迎えにゆきますから‥‥・。」
あざらしは、目に涙をためていいました。あざらしは、毎日、風の便りを待っていました。しかし、一度約束をしていった風は、いくら待ってももどってはこなかったのでした。
「あの風は、どうしたろう・・・。」・・・・・・・・
 こうして、じっとしているうちに、あざらしはいつであったか、月が、自分の体を照らして、
「さびしいか?」
といってくれたことを思い出しました。そのとき、自分は、空を仰いで
「さびしくて、しかたがない!」
といって、月に訴えたのでした。月は、けっして、あざらしのことを忘れはしませんでした。・・・
「さびしいか?」
と、月はやさしくたずねました。
「さびしい!まだ、私の子供はわかりません。」
といって、月に訴えたのであります。
「私は、世の中のどんなところも、みないところはない。遠い国のおもしろい話をきかせようか?」
と月はあざらしにいいました。あざらしは頭を振って
「どうか、私の子供がどこにいるか、教えてください。世界じゅうのことがわかるなら、ほかのことは聞きたくありませんが、私の子供は、今どこにどうしているのか教えてください。」
月に向かって頼みました。月は、この言葉をきくと黙ってしまいました。何と答えていいかわからなかったからです。それほど、世の中には、あざらしばかりでなく、子供をなくしたり、さらわれたり、殺されたり、そのような悲しい事件が、そこここにあって、一つ一つおぼえてはいられなかったからでした。
「おまえは、子供にやさしいから、一倍悲しんでいるのだ。私は、おまえをかわいそうにおもっている。そのうちに、お前をたのしませるものをもってこよう・・・・。」
 月は、約束を決して忘れませんでした。ある晩方、南の方の野原で、若い男や女が咲き乱れた花の中で、笛を吹き、太鼓を鳴らして踊っていました。一日のらに出て働いて、月の下でこうして踊り、その日の疲れを忘れるのでありました。月は太鼓が草原の上に投げ出されたのを見て、これをあざらしに持って行ってやろうと思ったのです。月は太鼓をしょって、北の方へ旅をしました。
「さあ、約束のものを持ってきた」
といって、月は太鼓をあざらしにわたしてやりました。あざらしは太鼓がきにいったとみえて、月があたりを照らしたときには、あざらしの鳴らす太鼓の音が、波の間からきこえました。

   絵本の表紙を見ただけで、一気に体が冷えてきそうになりました。 「赤い蝋燭と人魚」と言えば、誰もが一度は耳にしたことがあるでしょう。 日本を代表する作家、小川未明の作品です。 様々な月の絵本を探しながら、この作品にたどり着きました。 ここでは、かなり省略して伝えてあります。 ぜひ、手に取ってじっくりと読んでいただきたい作品です。 小川未明の選ぶ言葉の深いところに、魂を揺さぶられる場面が見つかります。

   あざらし、月、風、太陽、擬人化された関係が、自然現象の中で生き生きと描かれています。 子を思うあざらしの想いがひしひしと、伝わります。 あざらしとの約束を守り切れなかったのか、守るつもりもなかったのか、風は、あざらしへの思いを持ちながらも通り過ぎていきます。 それに引き換え、月は柔らかく、清々しく、温かく、あざらしを見守り続けます。 今もこんな風に、世界中を見ているのかもしれない、そう思うと、空を仰いで月に願いをかけたくなります。 このあざらしの子供だけでなく、世界中に奪われていく幼い生命のなんと多い現代社会なのかと・・・。

   冒頭に、「太陽は陰気なところは好かない・・・」とありました。 上越出身の小川未明にとっては、太陽はそんな存在なのかもしれないと、ちょっと愉快になりました。 月がもたらした太鼓を鳴らすことで寂しさ、悲しさから解き放たれた瞬間があざらしの救いになった、こういう救いは、太鼓でなくとも、誰でも経験があるかもしれません。

   巻末に絵を描かれた「古志野実」についての解説があります。 元々はアニメーションであったものを絵本にされたとのこと、力強いタッチが作品全体を覆っています。 今年の十五夜は10月6日だそうです。 ちょっと先走ってしまいましたが、お月見までに、月の絵本に出会ってみるのもいいですね。

(赤鬼こと山ア祐美子)

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