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認定こども園 聖愛幼稚園

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赤鬼からの手紙(2022年10月号)



『葉っぱのフレディ』

レオ・バスカーディア

童話屋 刊

   あんなに暑い暑いと汗を拭いていた日々があっという間に過ぎ去って、虫たちの声もいつしか耳に遠くなってきました。一年で一番、山々が賑やかな姿を見せてくれる季節がやって来ました。細長い国に住む私たちは、木々の色が映り替わる美しさも順番に見ることが出来ます。それぞれの地域にはそれぞれ独自の変化があり、独自の命の輝きが見えてきます。

 この春、葉っぱのフレディは、大きな木の太い枝に生まれました。夏には、もう五つに分かれた葉の先は力強くとがっています。フレディは数えきれないほどの葉っぱにとり囲まれ、それがどれも自分とは同じ葉っぱではないことに気が付きました。アルフレッド、ベン、クレア、みんな一緒に大きくなりました。春風にくるくる踊ったり、日光浴したり、夕立に体を洗ってもらったりしました。フレディの親友はダニエルです。ダニエルは考えることが好きで、ものしりです。木のこと、公園のこと、小鳥たちのこと、月や太陽や、星のこと、季節のめぐりのこと、そして、自分たちの仕事のことなど、たくさんのことをダニエルから教わりました。フレディは「葉っぱに生まれてよかったな」と思うようになりました。
 夏になると 公園に木かげを求めて 大ぜいの人がやって来ました。ダニエルはたちあがり「さあ 体を寄せて みんなでかげをつくろう。暑さから逃げ出してきた人間に 涼しい木かげを作ってあげると みんな喜ぶんだよ。」フレディたちは 葉っぱをそよがせて涼しい風を送りました。「フレディ これも葉っぱの仕事なんだよ」老人たちは、木かげで思い出話をしたり、子どもたちは、笑ったり走ったり 生き生きしています。フレディは、嬉しくなりました。
 けれど、十月の終りのある晩 とつぜん寒さがおそってきました。みんなの顔に 白く冷たいものがつきました。「霜がきたのだ。」ダニエルが言いました。緑色の葉っぱたちは一気に紅葉しました。公園はまるで虹になったような美しさです。風が変わったのは そのあとでした。夏の間 笑いながら一緒に踊ってくれた風が、別人のように 顔をこわばらせて 葉っぱたちに襲い掛かってきたのです。「さむいよう」「こわいよう」とおびえながら、葉っぱたちは巻き上げられ つぎつぎと落ちていきました。風の中からダニエルの声がしました。「みんな 引っこしをするときがきたんだよ。とうとう冬が来たんだ。ぼくたちは ひとりのこらず ここからいなくなるんだ」枝にしがみつく葉もあるし、あっさりはなれる葉っぱもあります。木ははだかどうぜんになりました。
「引っこしするとか ここからいなくなるとか―――――――死ぬ ということでしょ?」
フレディは胸がいっぱいになりました。「ぼく 死ぬのがこわいよ。」
「そのとおりだね。」ダニエルは答えました。「まだ経験したことがないことは こわいとおもうものだ。世界は変化し続けているんだ。変化しないものはひとつもないんだよ。死ぬというのも 変わることの一つなのだよ。」
「ねえ ダニエル 僕は生まれてきてよかったのだろうか」ダニエルは深くうなずきました。フレディはダニエルと話すことで、自分の一生の意味を、学びました。そして、その日の夕暮れ ダニエルは 枝を離れ 満足そうなほほえみを浮かべ ゆっくり 静かに いなくなりました。フレディは ひとりになりました。
初雪の朝、明け方フレディは迎えに来た風に乗って枝を離れました。痛くもこわくもありませんでした。フレディはダニエルから聞いた”いのち”という言葉を思い出しました。
”いのち”というのは 永遠に生きているのだ ということでした。
雪の上におりたダニエルは、目を閉じ ねむりに入りました。大自然の設計図は 寸分の狂いもなく”いのち”を変化させつつづけているのです。
また、春がめぐってきました。

   1998年10月22日初版の作品です。どれだけ話題になったことでしょう。絵本のみならず、朗読、映像、演劇、音楽、様々な手法で「葉っぱのフレディ」は今も届けられています。

   アメリカの哲学者 レオ・バスカーリアの生涯唯一の絵本作品です。 彼はこの絵本を
死別の悲しみに直面した子どもたち
死について的確な説明ができない大人たち
死と無縁のように青春を謳歌している若者たち
へ贈ると書いています。

   また、編集者の田中さんは、”自分の力で「考える」ことを始めた子どもたちと 子どもの心をもった大人たちに贈ります”とあります。

   死を考えることは命を考えることだと、この絵本は伝えています。高齢者の死、幼児の死、病気による死、事故死、家族の死、友人の死、そして、理不尽な死・・・人間のみならず、あらゆる生き物たちの死にも多くの場面があります。とはいえ、どんな場合でも、死はそのものだけのもの、変わるものがない命です。フレディは、ダニエルの言葉から、生きる意味を探っていきます。そして、"永遠に生きるいのち"という言葉に出会います。

   21世紀は平和な時代になると、信じて疑わなかったはずの世界は、すでに消え失せて、命を守ることが出来ません。暴力による死が、当たり前の命を奪っています。日々命と向き合う時間が刻々と過ぎていきます。多くの痛ましい死の歴史を超えて、私たちが望んできた日常の平和な暮らしが脅かされ、どう守るかもわからない人間の愚かさだけが伝わってきます。たった今も、果てしのない暴力によって子供の命が奪われたかもしれない、その子のの名前を教えてほしい、大事に育まれた世界でたった一つの命だったはずなのだから。

   悲しくても、辛くても、それでも、諦めてはなりません。ダニエルのように考えることを続けながら、この「葉っぱのフレディ」を伝えていくことが、あなたの命、私の命を守ることに繋がると信じています。あなたの傍にダニエルはいますか?

   考え続け、語り合い、繋がり合いながら、あなたも誰かのダニエルになって、フレディと共に春を待ちましょう。奪われた命の輝きのために。

(赤鬼こと山ア祐美子)

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