暖かな陽射しが眩しく感じられるようになってきました。
1年で一番輝かしい季節の到来です。
硬い蕾もほころんで様々な花々が咲き誇り、木々の緑は新しい芽吹きを迎えています。
どんなことがあろうと、いつものように春を告げる美しさは格別です。
自由に友達と会っておしゃべりができなくても、大きな声で一緒に歌うことが出来なくても、春を伝えてくれるものは沢山あります。
うぐいすやひばりなど、春告げ鳥も賑やかになっています。
そんなさえずりに耳を澄ませていると・・・どこからか不思議な音色が聞こえて来ました。
これはピアノかしら・・・でもピアノだけではなさそうです・・・
クマのブラウンは、小さいときからピアノがだいすき。大スターになって、なかまと世界中を回りコンサート、夢のような日々がすぎていきました。
けれど時はながれ、ブラウンはとしをとりました。観客は、だんだん少なくなり、とうとうだれも拍手してくれなくなりました。もう、しおどきです。ブラウンは森へ帰ることにしました。かがやかしい日々を思い出し、街がなつかしくなることもありました。そんなとき、こぐまがやってきたのです。パパになったブラウンは、こぐまといつもいっしょです。なかなかおてんばさんのこぐま、ブラウンはついていくのがやっとです。
ある日こぐまは、森でへんてこなものをみつけました。それはピアノ。ポスターやCDを見て、パパが街で活やくしていたことを知りました。
「もうピアノひかないの?」ときくと、パパは、とたんにかなしい顔になりました。
「おいで。もう忘れてしまいたいんだ」
こぐまは、パパの活やくを知って、とてもほこらしく思いました。そして、パパのつらそうなようすを思いだすと、いてもたってもいられません。こぐまはひらめきました。
「そうだ、このバイオリンひきのヒューゴさんを森に招待しよう。」さっそく手紙をかきましたが、なかなか返事がきません。こぐまは待ちつづけました。もっと、もっと日がたって、こぐまが、とうとうあきらめていた、ある朝のことです。森の奥から、これまで耳にしたことのないなにかがきこえてきました。
「これはなに?」こぐまはパパといっしょに音に近づいていきました。
「音楽だよ。ああ、なんてすばらしい」
奥へ進むほど、音楽はにぎやかになっていきました。
そこでふたりが目にしたものは、なんだったでしょう。
あつまったのは、ブラウン楽団で夢をかなえた動物たち。ブラウンはピアノに近づくと、なつかしい鍵盤にそっとふれました。やっぱり、ぼくは、ひきたかったんだ!
こぐまのコンサートは、最高でした。たった一晩の奇跡です。
この日の音楽は、いつまでもみんなの心のおみやげになりました。
久しぶりに立ち寄った書店でこの絵本に出会いました。「クマと森のピアノ」シリーズの最新版、とありました。前作はまだ手に取ったこともなかったのですが、この最新作の見開きを見ただけで、この絵本の中身が見えてきたように思いました。手に入れてゆっくりと読み返し、眺めているうちに、ぜひ皆さんに紹介したいという思いがわいてきました。
描かれた作者にとっては、初の絵本作品シリーズだそうです。訳は歌人の俵万智さん。
俵さんの作品は、歌人としての歌集のみならず、絵本の翻訳としても、何度か出会いがありますが、俵さんは翻訳するうえでの心持をこんな風に語っておられます。
「私はプロの翻訳家ではないので、まず自分自身が読者としてその作品に愛情を持てるかどうかが、すごく大事で。そういう気持ちがあればこそ、この絵本を日本の子どもたちにも日本語で届けたい気持ちになれると思うんです。あと、読む人は原文の英語と日本語を見比べるわけではありません。私が訳した日本語を通して世界観が伝わるように、日本語として美しく心地よい言葉でありたいな、と常に思っています。絵をじゃましたり、絵を説明することは、したくないなと思います。絵に語ってもらって、それを言葉でアシストしていく感じで。言葉の使い手としては、制約があればあるほど燃えるというか(笑)、やりがいがあって楽しいですね。」(withnewsより引用)何度も読んでいると、俵さんの選び抜いた一つ一つの言葉にその思いが伝わってきます。
また、この絵本の中で興味深いことは、クマとこぐまの関係を新しい家族の関わり合いとして表しています。パパとしてこぐまに寄り添うブラウンと、そのパパを喜ばせようとする、こぐまの気持ちのやり取りが描かれ、互いに相手を思いやり、支え合うことの大切さを教えてくれています。多種多様な世界を認め合い、分かち合う思いが流れています。
そして、ふたりを囲み、みんなを繋ぐのが音楽だということに気づかされます。
どんな困難な状況であろうと、素敵な音楽を共有できる場に”繋がり”が生まれていることを伝えてくれる大事な一冊です。
(赤鬼こと山ア祐美子)
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