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赤鬼からの手紙(2020年7月号)



『 よだかの星 』

宮澤賢治 作
工藤甲人 絵

福武書店

   だんだん熱気を帯びた空気が辺りを包み始めました。夏本番です。 いつもとは違う夏になるかもしれませんが、季節は当たり前の様に巡ってきます。 入道雲はもくもくと立ち上り、ひまわりもぐんぐん伸びてきます。 そうそう、朝顔も色とりどりの姿を見せてくれます。 まわりを見回すと、季節の変わり目を教えてくれるものがたくさんあります。 うっかりしているのと見そびれてしまうかもしれませんね。

   7月は星を思う季節でもあります、今回は悲しく美しい星の話をしましょう。

よだかは、実にみにくい鳥です。
ところどころに味噌をつけたような顔、くちばしは耳までさけています。
ほかの鳥は、よだかをみただけでいやになってしまう、というありさま。
よだかは、鷹といっても本当は鷹の兄弟でも親類ではありません。
それでも、鳴き声が鋭くて、風を切って翔けるところは鷹に似ているためなのか、鷹は、それが気に入らず、名前をあらためろとよだかにいうのです。
神さまが下さった名前なのだからと訴えますが、鷹は
「おれがいい名を教えてやろう。市蔵とな。首へ市蔵と名札をぶらさげて、私は以来市蔵と申しますと、口上を言って、みんなの所をおじぎしてまわるのだ。 そうしなかったら、つかみ殺してしまうから、そうおもえ。」
「そんなことはとてもできません。そんなことをする位なら、私はもう死んだ方がましです。いますぐ殺してください」
よだかは口を大きくひらいて、はねをまっすぐに張って、矢のように空を横切りました。
ちいさな羽虫が幾匹も幾匹もその咽喉に入りました。
一匹の甲虫が、咽喉にはいって、ひどくもがきました。
よだかはそれを呑み込みましたが、何だか背中がぞっとしたように思いました。
(ああ、かぶとむしや、たくさんの羽虫が、毎晩僕に殺される。そしてそのただ一つの僕がこんどは鷹に殺される。それがこんなにつらいのだ。ああ、つらい、つらい。僕はもう虫を食べないで飢えて死のう。いやその前にもう鷹が僕を殺すだろう。いや、その前に、僕は遠くの遠くの空の向こうに行ってしまおう。)
よだかは、弟の川せみに、遠くへ行くから、もうあわない、はちすずめにもよろしくと、わかれのあいさつをしました。
霧がはれて、お日さまが上りました。よだかは、お日さまに向かって矢のように飛んで行きました。
「お日さん、お日さん。どうぞ私をあなたの所へ連れていってください。」
「お前はよだかだな。なるほど、ずいぶんつらかろう。星にそうたのんでごらん。お前はひるの鳥ではないのだからな。」
よだかは、思い切って西のそらのあの美しいオリオンの星の方に、まっすぐに飛びながら叫びました。
「お星さん。どうか私をあなたのところへ連れていってください。やけて死んでもかまいません。」
オリオンは相手にしません。南の大犬座、北の大熊星、天の川の向こう岸の鷲の星にもお願いしました。
「いいや、とてもとても、星になるにはそれ相応の身分でなくちゃいかん。またよほど金もいるのだ。」
よだかは、すっかり力を落としてしまいましたが、キシキシキシキシキシッと叫ぶと、どこまでもどこまでも、まっすぐに空にのぼって行きました。
よだかは、自分のからだがいま燐の火のような青い美しい光になって燃えているのを見ました。
そして、よだかの星は燃え続けました。今でもまだ燃えています。

   宮澤賢治の代表作です。私にとっても賢治作品の中でも最も好きな作品です。 童話としての読み物ですが、絵本の形になっているものもたくさんあります。 どれをといっても選べないくらい多くの画家によって表現されています。 この題材が画家の表現にどれほど刺激を与えるものかがよく伝わります。 冒頭の「よだかは、じつにみにくい鳥です」の言葉の強さから、よだかという鳥をどう表すのかが画家の腕の見せ所かもしれません。 この絵本では、全体的には淡い色調で描かれ、よだかを醜いというよりは可愛らしい鳥に見せてくれています。 画家のよだかに対する愛情を感じます。

   もって生まれてきた姿は自分ではどうにもならないことです。 それを理不尽にもまわりから疎まれてしまう、その悲しみを抱えながらも、自分は自分の命を長らえるために虫たちを食べてしまう、よだかの辛さもどうにもならないことです。 ふと気が付くと私たちのまわりにもこんなことは沢山あるように思います。

   今世界はウイルスの脅威にさらされて、社会は人と人とが分断されねばならない状態を継続しています。 悲しみや不安や苦しみの中にあります。 でも、こういう中で大事なことは、人の気持ちは分断してはならない、ともに繋がる方法を考えねばならないということの様に思います。 よだかは星になってしまったけれど、どうしたら、よだかに寄り添うことが出来ただろうかと、読むたびに考えます。

   こんな時だからこそ、大事な人のことを思いつつ、そばにいるよって声をかけてみませんか。

(赤鬼こと山ア祐美子)


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