年は桜も華やかに咲き誇って、入学式に間に合ったところも多かったようです。
5月は木々の緑が一段と鮮やかになり、吹き渡る風も新入生の様に新芽の匂いを運んでくれます。
とはいえ、足元の小さな芽吹きも忘れてはなりません。
見事な枝を抱えた緑豊かな大樹も、初めはほんのいちいさな芽だったのですから・・・
おやおや、小さな小さなねずみくんのチョッキを羨ましがってるのは・・・大きな大きなゾウ?!
おかあさんがあんでくれた赤いチョッキ。
「ぴったり にあうでしょう」
ねずみくんはうれしそう・・・
すると、あひるくんがやってきて
「ちょっと きせてよ」
そうやってあひるくんがチョッキを着ていると、今度はさるくん・・・
「ちょっと きせてよ」
さらにあしかくん、ライオンくん・・・・
次々に動物がやってきてねずみくんの赤いチョッキを「ちょっと きせてよ」
最後に来たのは・・・
あれれ、チョッキはだいじょうぶなのかな?
小さくて可愛いねずみくんの、ちょっぴり自慢気な表情から始まるこの絵本・・・
お馴染みの「ねずみくんのチョッキ」 なかえよしを 上野紀子夫妻の1974年の作品です。
ねずみくんが出版されてから今年で、ちょうど45周年。そんな記念の年の2月に奥様の上野紀子さんは天に召されてしまいました。
上野さんの絵はねずみくんシリーズのような、身近で可愛らしい作品だけではなく、「ちいちゃんのかげおくり」のような戦争をテーマにした作品や、今は絶版になって残念ですが「くろぼうしちゃん」のような不思議な少女の作品にもあたたかな目線が注がれています。
シリーズ40冊ほどにもなる、この愛くるしいねずみくんの新しい姿に出会えなくなると思うと悲しくてなりません。
子どもたちに長く愛されている絵本の中でも、1、2を争うほどの「ねずみくんのチョッキ」の魅力は何でしょうか。
「ちょっと きせてよ」という、呼びかけでチョッキを着るというというくり返しだけなのに、姿も大きさも違う個性的な動物たちが登場するたびに子どもたちはドキドキしながら次のページを見守ります。
心の中では、だんだん、大丈夫かな・・・と思いつつも、、、ついつい引き込まれていく世界、そして最後には、びっくりするようなどんでん返しや、すてきオチがあります。
その中には、いつも子供たちと同じ高さの目線があります。
1972年「ぞうのボタン」という絵本を自費で制作されたのですが、当時の日本の出版社はあまりいい反応を示さなかったそうです。
そこで、ニューヨークに行けば何とかなると・・・アメリカで売り込むために持っていきました。
そして、1973年「Elephant buttons」として出版されました。お二人の絵本デビューはなんと、アメリカだったのです。
次作の構想を練っているうちに、日本の出版社の目に留まり、それが74年の「ねずみくんのチョッキ」に繋がっていきます。
その後「Elephant buttons」は、75年「ぞうのボタン」として日本でもやっと、別の出版社で形となりました。
わが子たちにとっては、ねずみくんと同様にお気に入りになりました。
御夫婦二人三脚での作業は自費出版の頃からですから、あまり仕事という意識がないような雰囲気だとも語られています。
上野さんは、なかえさんの構想の一番最初の読者ですから、上野さんを納得させるのが、なかえさんの役目です。
文章をシンプルにする分だけ、上野さんは絵の表情を細やかにこだわり、ねずみくんに白目があるのも、表情を豊かにするためだといっています。
笑うにも、微笑みなのか、大笑いしているのか、、、旦那様のなかえさんがモデルになることもあったとか・・・こんなお二人の雰囲気がねずみくんシリーズを支えているのだと、よく伝わります。
そうそう、ねずみくんの身長は2cm6mm。初めて描いた時とずっと変わらないそうです。
変わらないっていいですね、親子一緒の読者になります。
ある児童書研究者の方が、「ねずみくんのチョッキ」を、”なんて残酷な絵本でしょうか・・・”と講座の中で語られていたことがあります。
私の頭の何は???マークがいっぱいでした。
〜”お母さんが編んでくれた、ねずみくんのチョッキを動物たちが寄ってたかって、駄目にしてしまったのですよ、、、なんてかわいそうなことを・・・”〜というのです。
そんな読み方をする研究者がいるのかと、当時の児童文学界を怪訝に思ってしまいました。
あるお母さんから、子どもの絵本の読み方のことで相談されたことがあります。
”小学生になっても、「ねずみくんのチョッキ」しか読まなくて困ります”と話されました。
よくよく聞いてみると、彼は絵本をわきに抱えて、寝転んで、座って、ブランコしながら、部屋を暗くして、トイレで、押し入れで・・・、「ねずみくんのチョッキ」をあらゆるところで、あらゆる読み方をしていたのです。
これはすごい!と思いました。おかあさんに”ちょっと辛抱して見守ってあげてください”と伝えました。
彼は3年間きっちりと「ねずみくんのチョッキ」を堪能して、4年生になってから、ものすごい勢いで、いろんな本を読むようになったそうです。
きっと、彼の想像の翼は、「ねずみくんのチョッキ」の中で膨大に広がり続けたのでしょう。
子どもたちは、大人の研究者よりもずっと、絵本の真実に寄り添っていることがよくわかります。
絵本の可能性には、大人には理解の及ばないほどの力があるように思います。
これからも、そんな絵本に出会えたらいいですね。
(赤鬼こと山ア祐美子)
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