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赤鬼からの手紙(2017年10月号)



『月夜のでんしんばしら』

作  宮沢賢治
絵  竹内通雅
ミキハウスの絵本

   今夏は雨模様の日が続きました。ぐんぐん伸びあがる入道雲を見る間もなく、あたり一面ウロコ雲に似た空を見かけるようになってきました。夕方には虫たちの声の大合唱がにぎやかですが、耳を澄ますと、鳴きそびれてしまったような蝉の声も聞こえてきます。今年は季節の移り変わりも感じにくくなっているような気がします。とはいえ、やっぱり吹き渡る風の気配は、秋のにおいを少しずつ運んできてくれました。澄み切った夕焼け空がだんだん暮れてくると、群青色の闇にきれいな月が輝いてきます。こんな月の光の中では、いろんな不思議なことが起こるようです。皆さんはこんな電信柱を見たことがあるでしょうか・・・

 ある晩、恭一は鉄道線路の横の平らなところを歩いていました。ほんとは、こんなことをしてはいけません。汽車が来たらたいへんです。ところがその晩は、みまわりの工夫も汽車にもあいませんでした。そのかわり、実にへんてこなものを見たのです。
 月が空にかかり、うろこ雲が空いっぱいでした。恭一がすたすた歩いて、停車場の灯りが見えるところまで来ると、とつぜん右手のシグナル柱が、がたんと白い横木をななめ下のほうへぶらさげました。これはべつだん不思議でもなんでもありません。ところがそのつぎが大変なのです。さっきから線路の左側でぐわあん、ぐわあんとうなっていた電信柱の列が大威張りでいっぺんに北の方へ歩き出しました。うなりもだんだん高くなって・・・
「ドッテテドッテテ、ドッテテド、でんしんばしらのぐんたいは
はやさせかいにたぐいなし。
ドッテテドッテテ、ドッテテド、でんしんばしらのぐんたいは
きりつせかいにならびなし。」
電信柱たちの話し声も聞こえてきました。
「おい、はやくあるけ。はりがねがたるむじゃないか」
「もうつかれてあるけない。あしさきが腐り出したんだ。長靴のタールもなにももめちゃくちゃになってるんだ。」
「はやくあるけ。きさまらのうち、どっちかが参っても一万五千人みんな責任があるんだぞ。あるけったら。」
つぎからつぎと電信柱がどんどんやって来ます。
すると柱たちの声に混じって、遠くから「お一二、お一二、」と、しわがれた声がきこえてきました。恭一はびっくりして顔を上げると、電信柱の列に号令をかけていた黄色い顔のじいさんは、がたがたふるえている恭一に
「おれは電気総長だよ。電気の大将ということだ。」といいました。
「大将ならずいぶんおもしろいでしょう。」恭一がそう、ぼんやりたずねると、」じいさんは大喜びしました。じいさんは次から次へと、恭一にいろんな話をしました。そのうちに、線路の遠くに、小さな赤い二つの火が見えました。するとじいさんはあわてて
「あ、いかん汽車がきた。誰かに見つかったら大変だ。もう進軍をやめなくちゃいかん。」・・・・・さて、恭一と電信柱たちはどうなったんでしょうか・・・

   宮沢賢治童話「月夜のでんしんばしら」です。 子供の頃、こんな瀬戸物の白いエポレットを載せた電信柱を見かけると、いつもこのお話が頭に浮かびました。今にも歩き出しそうな気配がしてきてドキドキしたものです。

   1924年(大正13年)12月1日に出版された短編集「注文の多い料理店」の中に収録されたお話です。賢治さんの生前に出された童話はこの1冊だけです。しかも1000部の自費出版でした。定価1円60銭、(当時の映画の入場料が30銭ほど)当時としては比較的高価だったためか、今では信じられませんが、そのほとんどが売れ残ったということでした。出版当時は岩手在住の図画教師だった菊池武雄が挿絵を描いています。当時すでに発刊されていた「赤い鳥」に作品の掲載を希望していたのですが、鈴木三重吉に断られてしまったそうです。もしかしたら、賢治さんの童話の世界に「赤い鳥」の方が追い付けなかったのではないかと私は思っています。

   賢治童話は挿絵だけのものが多かったですが、絵本になった作品もだんだん増えてきました。この絵本は2009年10月16日に出版されています。月のきれいな秋の絵本として選びました。竹内通雅さんの絵の力強さが、賢治さんの描く世界をよりリアルに伝えてくれているように感じます。目もくらむような月の輝きが画面から目に飛びこんできます。賢治さんの描く電信柱の絵も味わいのあるものですが、この絵ならきっと賢治さんも納得なさっているのではないでしょうか。

   賢治さんは童話として作品を多く残していますが、その中に流れているものは様々な意味を持っています。この作品も深く研究をされ、当時の国の政策としての戦争に対する反戦的な意味合いが明確にされた作品であるとも言われています。そして、「ドッテテドッテテ、ドッテテド」という軍歌めいた歌は賢治さん自身の作曲であり、オペラ・カルメン組曲の「アルカラの竜騎兵」からのイメージもあるそうです。音楽も大好きだった賢治さんの中には溢れるほどの想いがあったのでしょう。絵本のとびらの裏には音符も記されています。親子でじっくりと向き合ってほしい作品の一つです。

(赤鬼こと山ア祐美子)

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