学校法人
認定こども園 聖愛幼稚園

〒400-0071
山梨県甲府市羽黒町618(地図
TEL 055-253-7788
mail@seiai.net



赤鬼からの手紙(2016年10月号)



『 いっちゃんはね おしゃべりがしたいのにね 』

灰谷 健次郎 : 文
長谷川 集平 : 絵
理論社

   4年に一回の世界の運動会も終わりました。リオデジャネイロのパラリンピックは予想以上の観客が集まったことが話題になっていましたが、それには、会場チケットの価格をオリンピックよりも下げて、安くすることで多くの人が参加できたということもありました。家族そろって、まるでピクニックの様に楽しそうにオリンピック会場に出掛けたり、学校行事として、たくさんの子どもたちが参加したということも印象に残りました。子どもたちは口々に、選手たちへの応援メッセージをおくるとともに、自分がどれだけ感動したかを熱く語っていました。そして、リオの子どもたちは、選手たちの頑張りと同時に、会場にいた多くのボランティアの方々の声かけの姿や、互いに手を差し伸べる姿を目の当たりにしたことと思います。声をかけること、その一言が人を動かすということ・・・ 絵本の中の”いっちゃん”に出会ってください。

 さいしょに、いっちゃんが そのせんせいに であったのは、お・べ・ん・じょ。
ようをすませた いっちゃんがドアーをあけたら、そのせんせいが おおあわてで つっこんきて、ガッチャン!いっちゃんは、ひっくりかえってしまったのです。「ごめんなさい ごめんなさい」そのせんせいは はんぶん なきそうなこえで いっちゃんをたすけおこしました。そのせんせいは おろおろして みちにおちて ぷるぷるしているコンニャクのようです。このようちえんの いちばんとしうえの あきよせんせいがこえをかけると そのせんせいは はんぶん べそをかきかけていました。そんなようすをみた いっちゃんは そのせんせいが どうしても おとなだとは おもえませんでした。だから、なんだか ぴーんと きたのかもしれません。
 いっちゃんは かしま・いつこ というなまえです。ここの ようちえんに きてから まだ、いちども どのせんせいとも はなしたことがありません。いっちゃんは おしゃべりを しようとすると むねが どきどきするのです。あせがでて のどが からからになって、どうしても おしゃべりができないのです。悲しくなって、なみだも でてしまいます。みんなは しんぱいそうに いっちゃんの かおを みるだけなのね。
いっちゃんはね、おしゃべりがしたいのにね。
そのせんせいは わたなべ・いくこ というなまえでした。 いつこと いくこは よくにてる、そうおもわない?いっちゃんと がっちゃんこを して なきそうなこえで 「ごめんなさい」って いった いくこせんせい、ごめんなさいって いえないかわりに なみだがたまってしまう いっちゃん。だから、ふたりは いっしょ。
 きゅうしょくのじかん こうじくんに たべてもらおうと スプーンをこうじくんの くちのところに なんども もっていくけど こうじくんは いくこせんせいを にらみつけて ぎゅっと くちをむすんでしまいます。いくこせんせいの めに なみだが ぽあんと うかびました。からだが ひくひくと うごきました。もうすぐ おおごえで ないてしまいそ。
いっちゃんは それを じっと みていたのね。

 はやく はやく。
 いっちゃんの こころのおくで そんなこえがしました。
 はやく はやく、
 はやくしないと せんせいが ないちゃう。

さて、いっちゃんは どうしたとおもいますか?

   1979年初版の作品です。灰谷健次郎&長谷川集平という、話題の作者同士の作品として世に出ました。絵を描いた、長谷川集平さんは1976年、第3回創作絵本新人賞「はせがわくんきらいや」で、絵本界に鮮烈なデビューをしたばかりでした。その作品は、森永ヒ素ミルク事件を扱った内容で、長谷川君はその当事者でもあったのです。大阪弁の語り口と墨絵のような力強い絵、そしてその社会的な内容は、人々に強烈な印象を与え、今までの絵本の世界をいっぺんに塗り替えたような作品となりました。長谷川集平という名前は、忘れられない絵本界の時の人となりました。

   その頃の集平さんは、ヒッピー風の長髪で、バンド活動もしている若者でした。私とは同世代でもあり、私が「赤鬼」を始めるに至る月日、日本中を行脚していたころ、絵本の講座などでも出くわしたような記憶があります。くしくも、あのヒ素ミルク事件からも、60年を数えます。わが子がより元気に育つであろうと信じて、そのミルクを飲ませてしまった母の辛苦の日々、その母と共に、ヒ素による障害のために苦しい生活を余儀なくされた方々のレポートが、最近になって何度もTVに映し出されます。そのたびに、「はせがわくんきらいや」を思い出していました。

   今回ご紹介したこの絵本「いっちゃんはね、おしゃべりがしたいのにね」は、灰谷さんとのコラボですが、集平さんの絵が灰谷さんの言葉を、より明確になお一層深いものとして伝えてくれました。大好きな作品ですが、残念ながら品切れ中です。

   いっちゃんのような子どもたちは、たくさんいます。大きな声で話せることが優れていると思われがちな集団生活の中で、埋もれてしまう様な子供たちの心がそこにあります。いくこせんせいのような大人だって、たくさんいます。大人も社会の中で戦っています。人の痛みに触れることで、やっと自分が見いだせることもあります。いくこせんせいは、いっちゃんによって救われたのです、大人なのにね…そして、そんな いくこせんせによって、いっちゃんの心も救われました。

   パラリンピックで、リオの人たちは 声にならない言葉に耳を傾け、応援し続けました。4年後の東京は、このことに学ぶことがたくさんあるように思います。メダルの数や、強化選手の育成も大事かもしれませんが、運動会で最も大事なことは、参加した全員が勝敗に関わらず、互いを思いやることではないでしょうか。

   ”せ・ん・せ・い  お・そ・ら・の・く・も・が や・ぶ・け・よう・よ”
いっちゃん、がんばったね、明るい太陽が雲間から顔を出したのが、私にも見えました。

(赤鬼こと山ア祐美子)

戻る



Copyright © 2016, SEIAI Yochien.
本ページと付随するページの内容の一部または全部について聖愛幼稚園の許諾を得ずに、
いかなる方法においても無断で複写、複製する事は禁じられています。
mail@seiai.net