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認定こども園 聖愛幼稚園

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赤鬼からの手紙(2016年8月号)



『ヒロシマのピアノ』

指田 和子:文
坪谷 令子:絵

文研出版

   真夏の8月、空は高く入道雲がわきたち、むうっとした風の中にも、蝉の声に交じって子どもたちの歓声も聞こえてくる、それが日本の夏の定番の情景です。夏休みを迎えている子どもたちは、楽しいことがたくさんありますね、海や山で大好きな人たちと過ごしたり、いつもは会えないお友達に会う人もいるかもしれません。71年前、おじいさん、おばあさん、ひいおじいさん、ひいおばあさんが生き抜いてきた夏も、そんな日であったはずです。

   その日、一瞬の光と熱風がそんな暮らしを全部奪いました。そのすべてを見つめてきたピアノのお話です。

 製造番号18209。昭和7年(1932年)の夏、浜松の楽器工場から広島に1台のピアノが運ばれてきました。広島の海に近い御幸橋のそばにある大きな家、楽器屋さんは「だいじなピアノじゃけえね」と、大きな窓のあるゆったりとした応接間に運びました。ピアノは、もうすぐ4歳になる小さな女の子、みさちゃんに会いました。
 お父さんは、みさちゃんの小さな指を鍵盤の上にのせて「どうだい、ええ音じゃろう?」みさちゃんの目がまんまるになりました。やがて、みさちゃんとお姉ちゃんは、ピアノのおけいこを始めました。「ねえ、みさのピアノ、きいてね!」応接間は、いつも笑い声でいっぱいでした。このころは、まだピアノのある家は珍しく、近所の人もその音色に耳を澄ませていました。「ピアノをずうっと、ひいていられたらいいな、ピアノの演奏家になりたい。」みさちゃんの夢はふくらんでいきました。
 ところが、みさちゃんが高等女学校に上がる頃、日本は中国との戦争が続く中、アメリカとも戦争を始めたのです。闘いが激しくなるにつれて、戦争に使われる鉄砲の球を作るために金属が必要となる、もしかしたらピアノ線も取り上げられるかもしれない・・・ピアノが弾けなくなってしまうかもしれない、みさちゃんは初めて涙を流しました。

―今は戦争中、武器を作るのにも大変な時に、音楽を楽しむのは贅沢なんじゃ―
ピカッ 物凄い音と熱の塊がピアノをはじき飛ばしました。

 1945年8月6日午前8時15分、1発の原子爆弾が広島を地獄に変えました。ピアノは壁に叩きつけられ、体中にガラスが刺さりました。その3日後、長崎にも爆弾が落とされ、長く続いた戦争は日本が負けて終わりました。何日かしてみさちゃんが、鍵盤に触れるとピアノは変な音になっていました。「いつか、きっとなおしてあげるからね」
 ところが、家の前の通りから「戦争に負けてどうなるかもわからんのに、ピアノなんか弾くんじゃない!」と怒鳴る声とともに、家に石が投げ込まれました。みさちゃんは遠くを眺めるようにピアノのふたを閉じました。そのあと、鍵盤に触れることはありませんでした。
 60年がたったある日、新聞に「広島の調律師さんが古いピアノを直して、ピアノのない施設に寄付している・・・」との記事がありました。おばあさんになったみさちゃんは、重い腰をあげて、ピアノのふたを開けました。
 原爆を乗り越えた、みさちゃんのピアノはどうなったでしょうか。

   「原爆ピアノ平和コンサート」のことはTVのニュース話題で知ったような記憶があります。広島市内で調律師をしている矢川光則さんが、原爆ピアノに出会ったのは、平成17年(2005年)7月のことだったと、絵本の中にありました。

   矢川さんはもともと、壊れたり、使われなくなったピアノを修理してピアノのない施設や外国に届けるという”ピアノのリサイクル活動”をしてきました。資源を大切に、と言われながら、捨てられていくピアノをたくさん見てきたそうです。そんな活動の中で、被爆ピアノに出会った矢川さん。持ち主の事情などを聴くうちに、それまで全く平和運動などにはかかわりがなかった矢川さんは、ピアノのたどった運命を伝えることが平和を考えるきっかけになるのではないかと思うようになりました。それは、矢川さんの父も被爆者だったからです。

   今も全国で続けられている「平和コンサート」は、絵本によれば、200回を超えたとのことです。この絵本が制作されてからも、数年がたっていますので、きっともっと多くの回数を重ねていることでしょう。この絵本には、被爆ピアノの音色を収めたCDもついています。コンサートに行かれなくても、その力強い音色に耳を傾けて、家族や親しい人と平和を思う時間にできたらと思います。

   こうして、「平和」を伝えていくことも、絵本の大事な役目だと私は思っています。

(赤鬼こと山ア祐美子)

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