学校法人 聖愛幼稚園
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赤鬼からの手紙(2014年6月号)



『 ギンジとユキの1340日 』


渡辺 有一 / 文・絵
文研出版 / 刊
1,512円


   1年中で一番さわやかな季節が過ぎると、今度は一番雨を降らせる季節がやってきます。 6月30日で1年間の半分、181日です。 あっという間のようですが、こうやって数えてみると一日がとても大切な日々に思えてきます。 人間に一生があるように、あらゆる生き物に一生があります。 今回の主人公は"鮭"です。魚の一生なんて・・・と思うかもしれません。 でも、そんな魚たち一匹一匹にも様々なドラマがあります。 鮭の"ギンジとユキ"が1340日を、どんな風に生きてきたのかをお話ししましょう。

ある春の日、わたしたちサケの子どもはこぶし川を下りはじめました。
「おれ、ギンジ。黒岩の生まれだ。」
「わたし、黒岩のちかくの ふたまたこぶしのそばで生まれた ユキっていうの。」
カモメたちが いっせいにおそってきたときのこと、ユキはギンジにたすけけられ、そのうろこがきれいな男の子と ともだちになりました。このとき 数えきれないほどのなかまが カモメのえじきになりましたが、こぶし川のむれは、れつになって海へおよぎだしました。ギンジとユキの、ながいながいたびがはじまったのです。
「ユキ、はぐれるなよ」
「うん、ぜったい ついていくね」
みなと川、さくら川、あずさ川のむれも、北の海をめざしてすすみます。
秋がきて、海の水がつめたくなりました。アリューシャンの海でのこと、クジラが海面ちかくのニシンのむれをいっきにのみこんでいます。クジラにはちかよらないようにして、ふたりも にげてきたニシンをたべました。アラスカの海や、ベーリング海の海流にのって、いくつもの季節を過ごします。 海は くうかくわれるかの、毎日でした。
ある日、さくら川のむれが サメにおいあげられて、海鳥からもどうじにおそわれてしまいました。3年目の夏には、さきをいくあずさ川のむれが アザラシにおそわれて全滅しました。ふたりのなかまも 半分になってしまいました。 その冬、今度は みなと川のむれが網にかこまれて、どこかの船につかまってしまったのです。たくさんのなかまをうしないました。なかまたちは いま、星となってまたたいています。 4年目の春、ユキは子どもがおなかにいるのがわかりました。もう、みんないちにんまえの サケだ、こぶし川にかえろう、ふるさとのこぶし川で 子どもを産むんだ! どんどん南へすすみます、だれもがうれしそうに力をこめておよいでいきます。ここだ、こぶし川のにおいだ。
「なんだか、川のようすがまえとちがっているぞ・・・」
川のようすを見に行ったギンジが気づきました。
「でも、この水はこぶし川の においとあじ。」
ユキは そうかんじました。
「こぶし川のサケたちよ、さいごのたびだ。いのちのほのおを もやそうぜ!」
みんな いっせいにガレキのあいだを すり抜けていきました。 さて、ギンジとユキは、無事に子どもたちを産むことができるでしょうか。

   "この絵本は震災のすこし前に、東北のある川を下って海に出たサケの子どもたちの物語です。・・・ガレキに埋もれた河口の異変に気がつきます。それでも、生まれた川をのぼりつづけて、生命をつないでいくことに死力を尽くします。そのひたむきな姿は、私たちに「生きるとは何か」をおしえてくれます。・・・"と作者の渡辺有一さんが記しています。

   震災のことに触れた絵本はたくさん書かれています。命のことを描く絵本も数多くあります。でも、鮭の一生になぞらえ、物語として伝えてくれたものはあまりないかもしれません。鮭は生まれた母川に戻って卵を産むというのは聞いたことがありますが、一匹から生まれた約3000個の卵が、こんなにも厳しい旅を乗り越えて一人前の鮭として戻ってこられるのは何匹なのだろうかと思えてなりませんでした。震災に見舞われた海の中でも、魚たちは何も変わることなく、懸命に自分たちの営みを続けている、ギンジとユキが、我が子を必ずふるさとの川で産みたい、と頑張る姿に思わず涙が出てきてしまいました。たとえ、ガレキが埋まっていようと、二人にとってのふるさとは変わりません。鮭は卵を産んでから数日で力尽きて、オスもメスも死んでしまうといいます。

   「わたしは こぶし川で たまごをうんで、ギンジに いのちを やどしてもらってよかった。それだけで、生まれてきて よかったとおもえるの。」 ユキとギンジの命は、確実に未来につながっていきます。

(赤鬼こと山ア祐美子)


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