学校法人 聖愛幼稚園
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書き下ろし連載51
祝福のうちにいる
ヨハネ福音書14章27節

細井保路
                

   ヨハネ福音書の後半に、最後の晩餐のときのイエスさまのことばがたくさん書かれています。 イエスさまは御自分の死を覚悟して弟子たちと別れの食卓を囲んだのです。 そこでイエスさまは、「わたしの父の家には住む所がたくさんある。わたしは、おまえたちのために場所を用意しに行く。」と語り始めます。 人生のゴールに、父である神のすみかにみんな帰っていくのだと言われたのです。

   人生の最後に必ず神さまのもとで憩うことができると約束されているなら、私たちは、どんな人生を選びとるでしょうか。 どうせ最後にゆるされるなら、思いきり、やりたいように生きればいい、というのがひとつの答えだろうと思います。 最後にご褒美があるのだから、どんない辛くても辛抱して生きようというあきらめを感じている人もいるかもしれません。 でも、イエスさまは、そのどちらでもなく、全く違うことをおっしゃりたかったのです。

   最後に神の祝福が待っているということは、この世に生れた時から、私たちは神の祝福の内にいるということなのです。 ただ、さまざまな悩みに心を塞がれて、その祝福がみえないのです。 本当は、どの瞬間も、どんな場所にいても、私たちは、常に神の祝福の内にいるのです。 イエスさまがおっしゃりたかったのはそのことなのです。 最後の時を思うなら、今も祝福されていることを思い出しなさい。 今ここにある幸せを見つけ出しなさいと言われるのです。

   イエスさまが弟子たちと行動を共にしているあいだ、彼らに伝えたかったのは、どの瞬間も、あなたは神の祝福の内にいる、神の豊かなゆるしの内に存在する、神のあたたかい光に包まれて立っているということだったのです。

   新年を迎え、私たちも、イエスさまが教えてくださったこの感覚をしっかりと自分のものにしたいと思います。行き詰ったときにこそ、私は神のゆるしと祝福の内にあるということを思い出しましょう。


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