学校法人 聖愛幼稚園
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書き下ろし連載29
必要以上に恐れないこと
マタイ福音書15章11節

細井保路
                

   イエスさまの時代には、衛生環境は今ほど整っていなかったし、科学的な説明もできませんでした。そこで、経験上衛生的でない危険なことを避けるために、宗教上の掟として禁止していたのです。だから、食事の前に手を洗うことも、守るべき掟だったのです。また、食べてはいけないものについての規定もありました。

   そのこと自体は、健康を守ることですから、良いことだったのですが、「掟だから守る」という気持ちが強くなってしまうと、臨機応変に物事を考えられなくなるばかりか、それを守らない人を責めるようになってしまうのです。いわゆる「律法主義」というのが、日常の食事の場面にまで幅をきかせていたのです。

   そこで、イエスさまは、「口に入るものは人を汚さず、口から出るものが人を汚すのだ」と言い放ちます。これは、当時の人たちにとっては、かなりショッキングな発言でした。宗教上の汚れを避けて、掟を守って生きることが良い生き方だと思っていたからです。

   イエスさまは、心の中心に神さまがいらっしゃるなら、人は何ものによっても傷つかないと確信しておられました。だから、その神さまを守るためにビクビクして生きる必要はないとおっしゃるのです。むしろ、神さまから心が離れたとたんに私たちの中から出て来る悪意や偽りこそが、問題だというのです。

   私の内から出た悪意や偽りは、私自身の人格を貶めるばかりでなく、傷つきやすい状態にいる周囲の人たちを実際に傷つけることになるからです。

   私の内に「神=尊いもの」があるということを、いつも行動の出発点に置くようにしましょう。そうすれば、小さなことにこだわらなくてもよくなるし、相手の存在の中心にある「尊いもの」を尊重することもできるからです。

   その上で、本当に避けるべきウイルスやアレルギー物質からはきちんと身を守るために、無知や思い込みを克服する知識を皆で身につけていくことは大切です。


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