学校法人 聖愛幼稚園
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書き下ろし連載28
扉を叩く
マタイ福音書7章7−12節

細井保路
                

   「求めなさい。そうすれば、与えられる。探しなさい。そうすれば、見つかる。門をたたきなさい。そうすれば、開かれる。」これは聖書の有名な一節です。 しかし、私たちは、「どうぞこの願いが叶いますように。」と願って、何度も思うようにならない経験を繰り返すうちに、本気で何かを願うことをあきらめてしまっているのではないでしょうか。 イエスさまは、もう一度、自分の本当の願いを探してごらんとおっしゃるのです。

   私たちは、度々、何を願うべきなのか、わからなくなります。どの選択肢にも魅力があり、またどの選択肢にもリスクが伴うようなとき、どうしてよいのか分からなくなります。あちらを立てればこちらが立たず、というような状況に追い込まれることも多々あります。また、自分が周囲から受け入れられないと感じるときに、「認めてほしい」と訴え続けて、かえって距離を広げてしまうようなこともあります。そして自分だけが見捨てられたような気分になってしまうのです。

   立ち往生してしまったときに、「人からしてもらいたいと思うことを、人にしてごらん」とイエスさまはおっしゃいます。実際に実行しないまでも、「私は本当は、どうしてほしかったのだろう」と考えてみるだけでもいいのです。あるいは、自分のことがわからなければ、「わが子は、私に、どうしてほしいのだろう」と考えてみてもいいのです。

   子どもが求めているのは、親の優しさだということに気がつきます。私が求めているのも、周囲の人の優しさだと気がつきます。苦しいのは、選択を迫られたり、責任を追及されたりするからなのであって、私たちは皆、本当の優しさをいつも求めているのです。私から人を責めることをやめてみましょう。私から優しさを発信してみましょう。すると、閉ざされていた扉が開かれていくような気持ちが生まれてきます。


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