長野県の北部に小布施（おぶせ）という小さな町が あります。千曲川沿いにあり、花と果物で有名な町です。昔から 栗菓子で知られ、最近では女性に大変人気があります。軽井沢を 凌ぐ観光名所になっています。

  私も小布施がとても好きです。四季折々、この町に足を運び、 多くの人と知り合いになりました。その一人に成沢未来 （なるさわ・みらい）という少年がいます。未来君は重い障害を持って 生まれてきましたが、ご両親の献身的な愛によって育てられ、人間性 豊かな少年に成長しました。未来君が幸福だったのは、よき家庭に 育ったことに加えて町中の人々から愛され、温かな支援を受けたことです。 町長、有名な栗菓子店の社長をはじめとする人々が重い障害を 背負ったこの少年を温かく見守り、支援してきました。 町の宝もののように大事に、優しく接してきました。未来君が 存在することにより、この町の人々の心に優しさが増し、 福祉への関心が高まったように思えます。未来君の肉体の弱さが、 町の人々の優しさ、愛の心を引き出したのです。

  私にも似たような経験があります。私の務める ＹＭＣＡは昔から手足の不自由な子どものキャンプを山中湖で 行っています。障害を負った子どもたちは、車椅子でキャンプ生活を するのですが、大勢の若いボランティアに支えられてキャンプ生活を 楽しんでいます。時々、私も手伝って車椅子を押しながらキャンプ場を 散歩しました。すると不思議なことが起こったのです。車椅子を 押していると身体のどこから優しい気持ちが湧きあがってきたのです。 私のどこかに、このように優しく、温かな気持ちがあったのだろうか。 それはとても不思議な経験でした。

  ある時、その原因に気づきました。それは障害を負った 子どもからの贈り物であったのです。障害を負った子どもたちは ボランティアの手を借りなければ殆ど何もできません。けれども、 ボランティアに支援、介助の機会を提供することによって彼らの 心に思いやりや優しさを芽生えさせてくれていたのです。 お世話になっていたのは、実はボランティアたちだったといえるでしょう。 このような経験から優しく、人間性豊かな社会を創るには 障害を負った人々の存在が欠かせないように思えます。 小布施町の未来君がまさにそのような存在でした。

  コリントの信徒に宛てた手紙の中で、 使徒パウロはいみじくもそのことを言っています。 「力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ」。力とは神様の働き のことです。「神様の恵み」と言い替えてもよいでしょう。 「神様の恵み」は、人間の強さの中ではなく、弱さの中でこそ発揮 されるのです。何というすばらしい「神の逆説」でしょうか。 日本の国は長い間「速さ」「効率」「大量生産」を追い求めてきました。 その裏づけとして「健常者」を優先させ、「障害を負った人」を社会の 片隅に追いやってきました。その結果、物質的には豊かな国に なりましたが、「思いやり」「優しさ」「温かさ」―「人間的な 支え合い」「信頼」を失ってしまいました。この国を本当に人間性 豊かな国にするには福祉の心を育てることが大切です。 障害を負っている人々と向き合い、包み込んで一緒に生きることが 必要なのです。小布施の人々は未来君という存在によって大切な ことに気づき、人間味のある町づくりに成功したのです。

  神様の恵みは成沢未来君の上にも十分に発揮されました。 彼のお陰で、父親を含め家族全員がクリスチャンになりました。 （成沢家の信仰はもともと母親がもたらせたものです） 　今春、未来君は地元の高校を卒業し、東京近郊にある神学大学に 入学しました。福祉の時代には障害を負った伝道者（牧師）の 働きが大きな意味を持っています。未来君の弱さの中に神様の恵みが いかに大きく働かれるか。私はこの青年の将来に期待しています。