学校法人 聖愛幼稚園
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聖書のお話
書き下ろし連載三一
愛は人を育てる

新堀邦司

                
あなたがたは神に愛されている子供ですから、神に倣う者になりなさい。
(新約聖書)

  石井十次(いしい・じゅうじ)という人の名前を ご存知でしょうか。「福祉」という言葉がまだ使われていなかった 明治時代に、わが国で最初に福祉事業をはじめた人です。 「岡山孤児院」を開設して児童福祉・教育に生涯を捧げた人です。 その尊い愛の働きによって三千人もの孤児が救済されたといわれて います。

  これまで、私は石井十次については 「福祉の草分けの人」「福祉に生きたクリスチャン」くらいの ことしか知りませんでしたが、先頃、独立プロダクションが 「石井のお父さんありがとう」という題の映画を製作したとの 話を聞き、メッセージ性の強い優れたとてもよい映画で、 石井十次の生い立ち、キリスト教入信のきっかけ孤児救済を 決意したいきさつ、そして多くの協力者を巻き込んで広がった すばらしい愛の働きについて十分知ることができました。 久しぶりに「まっとうな人」に出会ったという感じがしました.。

  ここで映画の内容を詳しく語ることはできませんが、 とくに心に残ったエピソードを二、三紹介いたします。

  石井十次は人間を愛する心が人一倍強く、 キリスト教の影響をたくさん受けて、それを実践に移した人でした。 どのようにすれば、このようにすばらしい人間になれるのでしょうか。 それには家族の愛が大きな影響を与えていることがわかります。 とりわけ印象深かったのは母親の存在でした。 こんなことがありました。十次が子どもの頃の出来事です。 お祭りの日、十次は母親が一生懸命に織ってくれた紬(つむぎ)の帯を 締めてうれしそうに出かけていきました。お祭りの場所に行くと、 たまたま一人の子どもがみんなからいじめられていました。 その子の家はとても貧乏だったため、お祭りの日にも晴れ着を 着ることができず、しかも帯の代わりに荒縄を腰に巻いていたのです。 「そんな汚い帯でお祭りに来るな。」と、ともだちからひどい言葉を かけられて泣いている子どもを目にした十次はためらわずに自分の帯を あげてしまいました。代わりに、その子が巻いていた荒縄をもらって 帰るのでした。  帰宅した十次は、母親の前で手をついてこのように謝りました。 「ごめんなさいおかあさん。一生懸命作ってくれた帯をかわいそうな 松ちゃんに上げてしまった。」  これを聞いた母親は一言も怒らず、にっこりしてすばらしい 一言をいったのです。 「それは良い事をしましたね」  なかなかいえない言葉です。 「なんてことしたの。私が苦労して作った帯をそんな子に あげてしますなんて。私が取り返しに行く。松ちゃんの家はどこなの」  おそらく、ほとんどの母親はそのように言うのではないでしょうか。 それ故に、母親のこの一言に十次がどれだけ救われ、勇気づけられたか。 十次はこのような母親と家族家族の愛に育まれて成長しました。

  もともと、十次の愛の心は天性のものであったのかも しれません。それが青年時代にキリスト教と出会うことによって、 天性の愛にさらに磨きがかけられ、大きく、広く、深いものに なっていきました。自分は神に愛されている。だから、神の愛を 見倣って生きていきたい。家族に捨てられた子どもたちの父親に なってその子たちを愛し、豊かな心と希望を与えてやりたい、と 決心して孤児院を開設したのでした。

  石井十次は一つの教育哲学を持っていました。 それは子どもの褒め方、叱り方によく表われています。十次は、 大勢の前で子どもを褒めたり、叱ったりはしませんでした。 大勢の前で褒められると、子どもは有頂天になってしまう。 逆に大勢の前で叱られると自身を失くし、いじけてしまう。 このように考えて、褒める時も叱る時も別室に行って、 一対一でそうしました。褒め方も心がこもっていて子どもを 勇気づけました。叱る時は、感情的にならずに、諄々と 説いたそうです。これなど親や教育者は大いに見習うべきでしょう。

  生前、十次がよく口にしていた言葉を紹介しましょう。 「親のない孤児より もっと可哀想なのは心の迷い子 精神の孤児 なのです」精神の孤児とは、誰からも愛されていない子どものことを意味します。

  自分が肉親や神様からこよなく愛されていることを 知っていた十次は、受けていた愛を惜しみなく孤児たちに与えました。 現代は物に恵まれた時代かもしれませんが、子どもを育むために 一番必要なものは親の愛、幼稚園の先生の愛、さらに神様の愛で あることは言うまでもありません。


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新堀 邦司(にいほり・くにじ)先生

1941年2月 埼玉県に生まれる。
1963年 中央大学法学部法律学科卒業
2002年 本園の「せいあいだより」に寄稿開始。
東京YMCA学院院長。俳句結社「日矢」同人。
著書:『青年の使途』,『宣教師に育まれた料理人』,『海のレクイエム』
『愛 わがプレリュード』,『野尻湖物語』,『神を讃う』ほか




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